トランプ氏と「教皇」の関係が破綻?

世界の情勢で影響力を有する2大指導者を選ぶとすれば、その言動が問題とはいえ、やはり世界最強国・米国の第45代大統領、トランプ氏を外すわけにはいかないだろう。それではもう1人は誰かというと、世界最大のキリスト教会、ローマ・カトリック教会の最高指導者フランシスコ教皇だろう。世界に13億人の信者を抱えるペテロの後継者だ。聖職者の未成年者への性的虐待事件が後を絶たず、信者の教会離れは深刻だとはいえ、世界情勢への影響力はまだ侮れないものがある。

▲一般謁見後、神の祝福を与えるフランシスコ教皇(2020年5月27日、バチカンニュースから)

▲一般謁見後、神の祝福を与えるフランシスコ教皇(2020年5月27日、バチカンニュースから)

その2人の関係が余り良くない場合、どうなるだろうか。つかみ合いこそ生じないだろうが、不快感や不協和音があれば、世界は安定を失うことになる。残念ながら、2人の指導者の仲は良くないのだ。それを裏付ける出来事には事欠かない。

トランプ氏が米大統領に就任した当初から既にその兆候は見られた。トランプ氏がカトリック教会の信者でないからではない。トランプ氏はキリスト教福音派に所属する、れっきとしたキリスト教徒だ。福音派教会はトランプ氏の最大の支持基盤だ。2017年の大統領宣誓式には親代々の聖書を持参して臨んだトランプ氏は、本を読むのは好きではないが、聖書は例外だという。

フランシスコ教皇は4年前、「架け橋ではなく、壁を作る者はキリスト教徒ではない」と指摘、「移民ストップやイスラム教徒の入国禁止などを主張するトランプ氏はキリスト教徒ではない」とバッサリ切り捨てた発言をしている。南米出身のフランシスコ教皇の目から見たならば、トランプ氏は伝統的な敬虔なキリスト者のカテゴリーに入らないわけだ。両指導者の一致点は厳格な中絶反対者だという点だろう。

トランプ大統領とフランシスコ教皇との初会合には、気まずい雰囲気が漂っていた。トランプ大統領夫妻は2017年5月24日、就任後初めてバチカンを訪問し、フランシスコ教皇と会合した。気さくで陽気なフランシスコ教皇はトランプ大統領夫妻の前で懸命に笑顔を保ち、ホスト役を務めていたが、その仕草には「あいつとはうまくいかない」といった様子が見え見えだった。ちなみに、メラニア夫人はローマ教皇に個人的な書簡を送り、「ローマ教皇を謁見できることは大きな名誉です」と述べている。夫人はスロベニア出身のカトリック信者だ(「トランプ氏とローマ法王の会見」2017年5月24日参考)。

最近の出来事を振り返ってみよう。米ミネソタ州のミネアポリス近郊でアフリカ系米人、ジョージ・フロイドさん(46)が白人警察官に窒息死させられたシーンがテレビに放映されると、米全土で警察官の蛮行に抗議するデモが起きた。トランプ大統領は軍に出動を命じ、取り締まりを強化してきた。

トランプ氏は1日、人種差別抗議デモに対抗するため軍に出動を命じた後、ホワイトハウス近郊のセント・ジョーンズ教会を訪問、カメラマンたちの前で聖書を掲げて平和をアピールしたが、米宗教界から「軍を使って人種差別の抗議デモ参加者を弾圧する一方、聖書を掲げて平和をアピールするパフォーマンスは聖書の教えに反する」として却って批判にさらされた。

米カトリック教会ワシントン大司教区のウィルトン・グレゴリー大司教は2日、大統領夫妻の聖ヨハネ・パウロ2世ナショナルシュライン(国立殿堂)訪問 に対し、「教会の施設を政治の道具に利用することは許されない」という公式声明を出しているほどだ。

フランシスコ教皇自身は3日、「人種差別や如何なる差別に対しても、黙認はできない」と強く反対する一方、「暴力では何も得られない。多くを失うだけだ」と抗議デモ参加者の暴動を批判、米国民に平和と和解を求めている。

ところで、トランプ氏とフランシスコ教皇の関係が良くないことを明らかにする出来事が最近、あった。発端は駐米バチカン元大使のカルロ・マリア・ビガーノ大司教の書簡を称賛したトランプ氏のツイッターの内容だ。

ビガーノ大司教の書簡内容は、「新型コロナウイルス、そして人種差別抗議デモの戦いは聖書で予言したような内容だ。多数派の光の子たちと少数派の暗闇の子たちとの戦いだ」といった黙示論的世界観に基づくもので、「人種差別抗議デモも新型コロナ感染もトランプ大統領の再選を阻止する狙いがある」と記述されているのだ。トランプ氏は10日、同大司教の書簡内容に対し、「非常に名誉なことだ」と称賛するツイートをしたのだ。

ビガーノ大司教はフランシスコ教皇の辞任を要求した高位聖職者だ。同大司教は「駐米大使時代の2013年6月23日、フランシスコ教皇にセオドア・マキャリック枢機卿が神学生、神父たちに性的行為を強いている事実を通達したが、教皇は5年間余り、旧友のマキャリック枢機卿の性犯罪を隠蔽してきた」と告発した。通称「ビガーノ書簡」(2018年8月22日付)と呼ばれている同告発書簡はフランシスコ教皇の辞任を要求したものとして教会内外で大きな波紋を投じた(「法王の『沈黙』の理由が分かった!」2018年9月10日参考)。

トランプ氏がフランシスコ教皇批判者を称賛したと知られると、教皇を支持する米国カトリック教会信者の中に大きな困惑が生まれている。ただし、トランプ氏が大司教の言動をよく知った上で大司教の書簡を評価したのかは不明だ。

いずれにしても、カトリック教会内の反ローマ教皇派を称賛したことで、トランプ氏は米国内のカトリック信者の支持を失う恐れが出てきた。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年6月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。