政府が推進しているGIGAスクール構想は、子ども一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境を実現するのが目的で、「1人1台端末」と「クラウド活用」、それらに必要な「高速通信ネットワーク環境の構築」が謳われている。しかし、進捗はいくつもの壁に阻まれている。
GIGAスクールでは、子どもはクラウド上の学習教材にアクセスし、学習記録もクラウド上に保存される。
例えば、ネット上にある掛け算のドリルに取り組み、6の段以上に間違いが多い子どもに繰り返し解かせたり、5の段以下を出して満点を与えて自信をつけさせたりする。教員は、どの子どもがどこでつまずいたかをチェックし、一人ひとりに合わせた指導をする。これが個別最適化された教育である。
地方公共団体が整備した校内網とクラウドを接続するには、しかし、個人情報保護条例が壁になる。例えば、東京都千代田区の条例は、第18条で
実施機関は、個人情報を処理するため、区のコンピュータと区以外の者のコンピュータとの通信回線その他の方法による結合をしてはならない。
と定めている。埼玉県さいたま市の条例にも
実施機関は、個人情報の電子計算機処理を行うに当たっては、市以外の者との間において通信回線による電子計算機の結合をしてはならない。
という規定がある。
千代田区やさいたま市では、条例をそのまま適用すると、GIGAスクールはクラウドに接続できず、その役を果たせない。しかし、条例には特例があり、千代田区やさいたま市がそれぞれ設置している個人情報保護審議会が「公益上特に必要がある」と認めるときには許されるようになっている。それゆえ、この審議会の意見を聞くという「ひと手間」が必要になる。
総務省の調査によると、地方公共団体内外のシステムをオンライン結合するのを禁止する条例が、94%の都道府県・94%の市町村に存在する。これらの団体では同様の「ひと手間」が求められる。総務省が公表している現行の『地方公共団体における 情報セキュリティポリシーに関する ガイドライン』は原則禁止としているわけではないのだが、94%の地方公共団体の条例はそれに追いついていないということだ。
さて、子どもたちの学習記録に戻ろう。子どもが転校した際には、学習記録や指導記録(指導要録)を転校先の校長に送付して引き継ぐことになっている。紙の指導要録について長い期間実施されてきたこの事務は、GIGAスクールでも実施できるだろうか。
指導要録の送付は学校教育法施行規則第24条に定められた校長の義務であって、個人情報保護法制上は他の法令に定められた場合に相当するので、本人の事前同意は不要である。しかし、紙ではなくデータを渡すという行為が個人情報保護条例違反にならないか心配している教育委員会があると聞く。そんな教育委員会には、個人情報保護審議会に「クラウド上の学習記録を渡してよいか、代理人である保護者の事前同意は必要か」意見を求めるという「ひと手間」が、クラウド利用に加えて積み重なる。
学習記録の保存形式が統一されていなければ、指導要録のデジタルな引継ぎはできない。デジタルデータのやり取りにはデータ形式の標準化が不可欠であり、限られた関係者だけがやり取りできるためにはセキュリティ対策も不可欠である。これらはすべて技術的な課題であり解決可能である。
しかし、GIGAスクールの場合には、それに加えて、説明してきたように個人情報保護条例が妨害をする。しかも、千代田区とさいたま市の条例でわかるように、条文が微妙に違う「2000個問題」があるので、突破は容易ではない。
7月に閣議決定された世界最先端デジタル国家創造宣言・官民データ活用推進基本計画は「学び改革(オンライン教育)」を強く打ち出しているが、個人情報保護条例等の制度問題への言及は弱い。子ども一人ひとりに個別最適化され、創造性を育む教育ICT環境を実現するというGIGAスクールの目的を達成するためには、個人情報保護委員会・総務省・文部科学省など政府ぐるみの対応が不可欠である。