金融資産(貯蓄)の大部分は55歳以上の年配層が保有し、54歳以下の大部分の現役層は、純金融資産(資産から債務を引く)を保有していません(日経のコラム大機小機、8/19)。財政再建を可能にするほどの増税は不況と失業増大を招くので、資産を持つ高齢者層に泣いてもらう。
コロナ対策のための財政出動が加わり、世界全体の公的債務の残高は2020年にGDP(国内総生産)の102%に達するそうです。日本は主要国では最悪で、国と地方を合わせると、1200兆円でGDPの約2倍となります。
財政運営と改革の基本方針(骨太の方針、7月)では、継続的に掲げられてきた「財政健全化目標」の記述が消えてしまいました。そのことを指摘された安倍首相は
「そんなの無理だよ。今は緊縮財政はできない。理論的な正しさと政治選択は違う」
と、党幹部に答えたそうです。
確かにコロナ対策は、国民の生命と健康がかかった現在の急務であり、政権は「何でもあり」の政策選択をしています。では、コロナ後にどんな財政再建策を提示するのか。「経済をよくして税収を増やす」は空論に近く、財政再建を可能にするほどの経済成長はまず期待できません。
そこで囁かれだしているのが悪魔のシナリオです。さきほどのコラムは
「財政破綻による政府のデフォルト(債務不履行)やインフレによる金融資産の価値棄損は、ほぼ全額が高齢者の金融資産の価値の下落で負担される」
と、指摘します。禁句だった「政府のデフォルト」の登場です。
国債を直接、保有していなくても、高齢者が資産を預けてある金融機関、生損保は巨額の国債を運用しており、国債がデフォルトすると、損害は高齢者に回ってくることになるわけです。
海外の識者も、財政危機について、これまであまり見られなかった見解を強調しています。例えば「これまで浸透してきた『健全な財政を守る』という政策で最も恩恵を受けてきたのは誰だったかを考える必要がある」(FT紙/日経、ザンドブ氏、8/21)との主張です。
このコラムの見出しも「財政責任論はコロナで幕」と激しい。
「この30年間にわたり経済政策の方向性を支配してきた根本思想に最後のとどめが刺された」
と。財政責任論は「財政赤字と公的債務を穏当な水準に維持することが責任ある政治家の証だった」ことを指し、それが終わったという。
「健全財政論」の恩恵を受けてきたのは、
「資産を豊富に持つ者、資本を保有または支配して収入を得てきた者で、かれらに都合のいい考えだった」。「国の債務が増えると、民間の資本調達コストが上昇し、民間企業による投資が難しくなる・・・」。
そのために健全財政が必要だったと。
だから恩恵を受けてきた者が損を被るのは当然となる。さらに、同紙のウルフ氏は
「政府が国債を発行し続けると、長期的にはある種のデフォルトを起こす。その場合、政府の主たる債権者は富裕層なので、彼らが何らかの形でコストの大半を負担することになる」
と指摘します。
同氏は「消費者が消費でき、企業が利益を上げられるようにするために、富裕層の余剰資金を取り上げ、分配する。それは富裕層の利益にもかなう」と。米国では、富裕層の貯蓄過剰(儲けすぎ)と下位90%による貯蓄縮小(借金)で格差が拡大し、経済を停滞させてきたとされます。
米国では、富裕層と非富裕層の格差が大きく、日本は高齢者と現役世代の格差が大きい。財政危機の打開のためには、所得や資産が大きい富裕層(米国)か高齢者(日)に負担ないし犠牲を求めよう。かいつまんでいうと、こんな結論になるのでしょうか。
日本のメディアの論調(社説)をみますと、
「コロナ危機でも財政運営に規律が必要だ。首相はコロナ対策の規模を空前絶後と述べた。ばらまきの要素が強いのもが混在する」(日経)、「財政運営の基本方針の形骸化が進みつつある」(読売)
などで、本音を書いていません。
日本は過去20年ほど、平均の経済成長率は0.8%という低空飛行です。コロナ危機前の経済水準に戻るのにも、3ー4年はかかるといいます。景気が低迷すれば、さらに税収増を伴わないまま、財政支出が増えます。社説が指摘するような問題意識で対応できるほど甘くはありません。
インフレを起こして公的債務の実質価値を減らそうにも、日銀は2%消費者物価の引き上げ目標すら達成できていません。いっそのこと、財政破綻に追い込まれ、結果として債務削減につながるほどのインフレが起きる。政策選択でなく、結果論として、債務削減になるということでしょうか。
「なんとかなるさ。これまでもそうだったし」「世界全体も財政金融の規律が緩んでいるから、みんなで渡れば怖くない」。政治家はそうなのでしょう。だからこそ、学者や識者は本音の議論を始めてほしい。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2020年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。