日本のスポーツ施設建設が直面しているユニークな共通課題

スポーツ庁によれば、2019年10月時点でスタジアム・アリーナの新設・建替え構想は、スタジアム・球技場で52件、アリーナ・体育館で37件が存在します。しかし、これらには既に資金調達のメドが立ち、設計・建設が具体的に進められているものから、単なる“希望的構想”の域を出ないものまで様々な段階のプロジェクトが入り混じっています。

日本ハムファイターズの新球場、エスコンフィールド北海道(筆者撮影)

これらの中で、これからの日本におけるスタジアム・アリーナ改革をけん引することになる存在は、先日このブログでも紹介した北海道日本ハムファイターズのエスコンフィールド北海道(2023年開場予定)や、三井不動産やDeNA、星野リゾートらが進めている関内駅前(横浜スタジアム横)の市庁舎街区活用事業「Minato-Machi Live」(ミナト マチ ライブ)(2024年開場予定)、J2に所属するV・ファーレン長崎の新スタジアム建設計画(2024年開場予定)などの(施設建設費に税金の拠出を伴わない)民設民営プロジェクトになると思います。

(まあ、民設民営と言っても、実際は土地を自治体から借りたり、税務上の便宜を図ってもらったりするので、全く地元の自治体との協力関係なくできるプロジェクトはほとんどありませんが、ここでは話の展開上、便宜的に「民設民営」と呼ぶことにします)

日本では、ファイターズのように球団主導で新しい施設建設をファイナンスできるだけの収益力があるスポーツはプロ野球くらいですから、JリーグやBリーグなどのスポーツの場合は、球団以外の事業者(球団の親会社を含む)の協力を得て民設施設を作るか、自治体の協力を得て公設施設を作ってもらうかの二択になります。

しかし、「スポーツ施設建設によるジェントリフィケーションって何?と思った時に読む話」でも書きましたが、まだ日本では地方自治体が“稼げる施設”を積極的に作ろうとするフェーズには入っていないため、現実的には前者が唯一の選択肢(可能性)になるケースが多いはずです。

そして、民間事業者がスポーツ施設を本気で作ろうとすると、どうしてもスタジアムよりもアリーナ建設の方が有利になります。アリーナはスタジアムより建設費が少なく、必要な敷地も小さくて済むため、アクセスのよい街中に作ることが比較的容易です。また、屋根があるため雨天運営・中止がなく、多目的利用を促進しやすいこともあって、スタジアムよりも事業計画が立てやすいのです。

実際、私もいくつかのスポーツ施設建設プロジェクトにアドバイザーとして関与していますが、多くは民設アリーナプロジェクトです。

複数のプロジェクトに横断的に関わるようになってみて、スポーツ施設(アリーナ)建設における日本特有の共通課題があることに気づきました(以下は、特定のプロジェクトを念頭に置いたものではなく、全体に共通する傾向について整理したものであることを誤解なきように予め申し添えておきます)。

前述した様に、こうしたプロジェクトの多くでは球団が施設建設事業を主導する立場にはなれないのが日本のユニークな状況です。実際、不動産会社のような民間事業者が施主となり(建設費を捻出して施設を保有し)、Bリーグ球団などがそのテナントとして施設を利用する形になります(多くの場合、球団は施設運営会社に出資するなどの形で運営権を手に入れることになるでしょう)。

こうしたケースでは、①球団経営に必ずしも精通していない民間事業者が施設の収支計画を立てる責任を負い、②メインテナント(プロスポーツ球団)がまだ成長期に差し掛かったばかりのコンテンツ力が比較的ないスポーツである、という点が共通したハードルになります。つまり、球団経営に疎い事業者がメインテナントの成長戦略を描きながらそれを施設設計に反映させていく必要がある点が日本独自の課題なのです。

これがアメリカなら、民設施設なら球団が施主兼施設運営者になって一気通貫でプロジェクトを進めてしまうのが大多数ですし、NBAやNHLなどは平均1万7000名の動員力があるので、これ以上コンテンツを大きく育てていく必要もあまりありません。日本の場合、球団経営に関与しない事業者が、メインテナントの集客力を2倍にも3倍にも伸ばして行く責任を負うのです。しかし、どうもその必要性・重要性が十分に認識されていないケースが散見されます。

施設とは顧客育成の起点ですから、施設設計にはメインテナントである球団の顧客育成を支える事業戦略を踏まえることが大前提です。例えば、球団のチケット販売戦略と施設設計はどう連動させるのか。シーズンチケット比率をどう高めていくのか?グループチケットやパッケージチケットをどう販売していくのか?スポーツ自体には興味のない顧客層をどの程度取り込みたいのか?

こうした問いに答えられなければ、“稼げる”施設設計はできません。

あるいは、スポンサーシップ営業と施設設計をどう結びつけるか。せっかく施設をゼロから設計できるわけですから、施設内で独占的な事業を行ってもらう共同設立パートナー導入のまたとないチャンスです(共同設立パートナーって何?と思った方はこちらを参照)。その前提として、球団内の協賛営業の方向性をメディアドリブンからイシュードリブンに変革する必要があります。協賛企業の経営課題(イシュー)を踏まえたアクティベーション計画の提案ができなければ共同設立パートナーも絵に描いた餅になってしまうからです。

しかし、現場を覗いてみると、施設設計と球団の事業戦略がうまく連動していないケースが意外に多いのです。不動産会社などの施主は球団経営が分からず、施設の事業計画を立ててみると、球団からの収益はたかが知れている。これでは全然黒字化できないと、勢いコンサートなど他のイベントを増やして収支を整えようとする。球団の方も、今の集客力では偉そうなことは言えないなという感じで、変に遠慮してしまう。

こうした状況から、施主とメインテナントの間に顧客育成に関する会話があまり存在しないケースが少なくないのです。

この背景には、多目的利用とか多機能複合化といったコンセプトが先行してしまい、「メインテナントの顧客育成拠点となる」という施設経営の一丁目一番地がないがしろにされがちな雰囲気があるように感じます。しかし、テナント育成機能を軽視した施設では、顧客獲得コストの高い顧客をずっと相手にビジネスを行わなければならず、いつまでたっても施設の収益性は高まりません。これは100m走の感覚でマラソンを始めるようなものです。

施設の多目的利用も多機能複合化も、そこをフランチャイズとするスポーツ球団がアンカーテナントとして強力な集客力を発揮することが成功する前提条件です。将来的にメインテナントが育っていくような施設にしなければいけません。多くのコンテンツや機能を寄せ集めても、キラーコンテンツがなければ単なる“弱者連合”で終わってしまいます。

施設設計や都市設計の文脈からアイデアを出せる人は日本にも多くいるのですが、今現場で最も求められているのは、球団事業をきちんと理解し、顧客育成的な発想からアイデアを交通整理して施設設計・都市設計に優先順位付けができる人材だと思います。

また、メインテナントにも将来の顧客育成に関する計画について施主となる事業者と遠慮せずにガチンコで議論する勇気と覚悟が必要でしょう。


編集部より:この記事は、在米スポーツマーケティングコンサルタント、鈴木友也氏のブログ「スポーツビジネス from NY」2020年9月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はスポーツビジネス from NYをご覧ください。