規制強化による成長戦略という逆説

仮に、科学技術に無限の進歩の可能性を認めるにしても、一段階の進歩を実現するのに要する費用は次第に大きくなっていく一方で、その進歩により創造される新たな付加価値は次第に小さくなっていくのではないかならば、その限界費用と限界付加価値とが一致するところで、技術革新は経済誘因を失って停止するのではないか

例えば、土木工事の安全であるが、死亡事故の可能性を限りなくゼロに近づけるべく技術を高度化させていくと、どこかで、採算的に行き詰まるであろう。故に、規制によって安全基準を定め、それに準拠している限り、事故不可抗力とみなされて、土木会社の免責要件が確保される必要があるのである

この規制が定める安全基準というのは、社会的な合意が得られるところで、また現段階の技術水準のもとで、最適で最善だと判断されたものなのが、その安全基準の設定も高度化も、経済誘因のもとの競争原理によって実現されるのではなくて、政治によって、より具体的には規制当局の判断によってなされるほかない

このことは、土木に限らず、食品、運輸、原子力等、安全性が問題となるが故に規制されている全ての産業に共通のことで、更には、生命の危険にかかわる狭義の安全性だけでなくて、健康の維持と増進、生活の快適性や利便性の確保等、安全基準を広義に解すれば、環境規制等の他の規制についても、また金融規制についてすら、同様に考えることができる。

さて、例えば、家電製品をみると、機能の高度化は既に著しく進展していて、しかも低価格を実現しているので、これ以上の機能の高度化に投資しても、価格に転嫁できるとは限らず、新規に創造できる需要も見込めなくなるから、家電産業全体としては、技術による成長は限界に達しつつあるのではないか。家電に限らず、機能の高度化では消費を刺激できなくなっている分野は少なくなく、いわば消費飽和し、経済全体として、大衆消費社会の飽くことなき需要の拡大を前提にしてきた成長路線は確実に変質しつつあるわけである。

このとき、規制、その高度化によって新たな需要を生み出すものとして、全く別の役割を果たし得るのではないか。常識的には、規制緩和こそ成長戦略なのだが、規制強化という逆説的な成長戦略もあり得るのではない例えば、電力こそ量的拡大の見込みにくい産業の代表例であるが、原子力規制の強化や、石炭による火力発電の廃絶は、電源構成全体の質的転換を加速させることで、再生可能エネルギー分野の拡大等の新たな成長機会を創造するであろう。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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