「DV被害」を受けていた女性の住所などが載った書類を、誤って「DV加害者」に送付したとして、札幌市が13日に会見し、謝罪した。メディア各社も市の会見に基づき報道。ネット上では、「下手したら命の危険性に関わる」「ミスで済まされない」と市の対応を非難する声とともに、「DV加害者」と報道されたK氏に対して「市にわざと情報漏洩されたテロリストのストーカー」などといった誹謗中傷の声もあふれている。だが、実際の経緯を詳しく聞くと、事情は異なるようだ。
札幌市の発表によると、女性Aさんは、去年12月に夫Kさんからの暴力などの被害を防ぐため、別居先の住所などが載った戸籍の附票をKさんに交付しないように、市に求めた。Kさんがその措置を不服とし審査請求をしたため、戸籍住民課の40代の女性職員が必要書類を送った際、誤って被害女性Aさんの住所などが書かれた書類を同封した、とのこと。
このニュースで、多くの一般の人が抱くイメージは、「DV夫に被害女性の情報を流した市の取り返しのつかないミス!」だろう。
夫Kさんと妻Aさんは、2018年6月に別居。翌年7月にAさんが、別居しているはずのKさんの世帯と住所を使って国保に加入しようとし、その際に住民票を異動してないことが区役所に知られ、区役所がAさんに住民票の異動を指導。
このあとAさんは、行政の配偶者暴力相談支援センターにKさんによるDVの相談をしに行き、「DV」などの「加害者」に住民票の写しや戸籍の交付を制限する「支援措置」の申出書を提出。
Aさんは別居時に不貞をしていたとして、Kさんはその事実を確認するために探偵に依頼し、今年1月の段階では、不貞の事実とAさんらの居所を知っていたという。
つまり、「妻の居所をさがすDV夫に、市が誤って妻の住所を交付してしまった」わけではないのだ。Kさんはすでに、Aさんの住所を知っていたのだから。
Kさんは「札幌市は最悪の問題解決手法を取った。そもそも、妻はDV支援措置の被害者でなく、僕は支援措置の加害者に該当しない。けれど、大した検討もせずに申出書を受ければ被害者と加害者を市町村役場が設定すること自体が間違っている。DV支援措置ではなく不貞の支援措置になっている」と憤る。
ある法律の専門家は、「加害者」とされている者に住所が知られるのを支援措置で防ぐ場合、その「加害者」がすでに住所を知っている時は、「探索目的がないので支援対象情報にする必要性がない」という。当該の札幌市の支援措置届出書にも「加害者が、その住所を探索する目的で」との記載がある。
そのうえで、「もともと情報漏洩がないので札幌市は謝罪は不要だった。また、報道機関もこんな報道をした効果は、名誉侵害だ」と指摘。Kさんは、札幌市の対応について、国家賠償請求の訴訟を起こすことも視野に入れている。
■
神奈川県に住む別の男性は、妻からの暴力を訴えてきたが「男性のDV被害の相談件数が少ないからか、神奈川では市区町村で支援措置は受け付けないです。県で1か所。それでも数年前よりはマシです」と話す。
支援措置の決定の際の、DVがあったかどうかの事実確認も「相手方の裏どりは全くなく、私の主張は通りました」と、「被害を訴えたもの勝ち」となっていて、十分な確認をしない制度を疑問視している。
ある市の支援措置に携わる担当者は、「今の制度では、被害者と主張する方を守ることを優先しており、その方の主張が本当であれ嘘であれ、その方の住民票を守ることになっています」と語る。本当に被害に遭っている人を緊急で守るために、「嘘か本当か確かめるのに時間を使うことはできず、今の制度が続いてしまっている」という。
深刻なDVを受けて安全な場所へ緊急避難した被害者にとっては、居場所が加害者に知られることは恐ろしい。そのような被害者を守るためにある支援制度には、自身の不貞行為を隠すために利用できる「欠陥」があることがわかった。そして、嘘か本当か確かめる時間もないままに、行政やメディアから「加害者」と決めつけられた人の深刻な人権侵害が起きているのも事実だ。
このまま欠陥を放置してしまっては、制度自体の信用性がなくなり、本当のDV被害者も救われないのではないだろうか。