会計監査に関連する近時の重要裁判2題

山口 利昭

当ブログ開設以来、会計監査に関連する裁判例には思わず反応してしまうのですが、とりあえず備忘録として概要のみご紹介させていただきます。まずは最高裁のHPに公表された令和2年11月27日付けの最高裁判決(第二小法廷)です。いつもコメントをいただくKazuさんから教えていただきました(ありがとうございます!)

上場会社監査事務所名簿への登録を認めない旨の決定を受けた公認会計士らにつき,その実施した監査手続がリスクに対応したものか否か等を十分に検討することなく監査の基準不適合の事実はないとして当該決定の開示の差止めを認めた原審の判断に違法があるとされた事例
会計監査に従事する登録事務所(被上告人)と日本公認会計士協会(上告人)との間の紛争事例ですね。某上場会社(すでに上場廃止)の監査にあたって某会計事務所(被上告人)が(某上場会社では、もろもろ問題が発生したにもかかわらず)無限定適正意見を出していました。

協会(上告人)では、登録申請事務所の品質管理レビューによって「基準不適合事実」が認められた場合には、被上告人の品質管理委員会が上場会社監査事務所名簿等抹消リストに記載して開示することになっています。このたび、上告人(監査事務所)は上記品質管理レビューにおいて限定付き結論に至ったため、協会(上告人)としては被上告人事務所を抹消リストに記載することになりました。しかしながら、上告人側はこれに異議を唱え「基準不適合事実はない、監査は適切に行った」「このまま抹消リストが開示されてしまえば、協会による当事務所への名誉毀損、信用毀損行為であり違法である」として(抹消リストの)開示の差止めの決定を求めた裁判です。

原審(東京高裁)は「不適合事実なし」と判断して抹消リストの開示差止めを認容しましたが、最高裁は原審判断は是認できないとして破棄差戻しを命じています。法廷意見は(「品質管理基準」の解釈を通じてではありますが)監査手続きにおけるリスク・アプローチに基づいて、どこまでの監査手続きをとるべきか・・・という点にまで踏み込んで再度の審理を求めているところが興味深い。

なお、3名の裁判官から補足意見が出されており、概要「被上告人の判断は専門性・(公的機関に準じた)独立性が要求されるので、その裁量権は広い」との理由、「リスク・アプローチに基づく監査手続きにおいては、ここに注目して差戻し審理を行うべし」との理由など、こちらも会計監査への司法的アプローチを知るうえで参考になります。

そしてもうひとつは(金商法監査ではありませんが)「内部統制の有効性の評価等を引き受けた監査法人に債務不履行はないとされた事例」(東京地裁判決令和2年6月1日 金融・商事判例2020年12月1日号42頁)です。原告と監査法人である被告との間で、原告会社(非上場)の内部統制の有効性評価および原告会社株式評価を行うことを内容とする契約が締結された場合において、原告会社で横領事件が発生したことにより、適切な監査がなされていなかったことを債務不履行として「見逃し監査」の責任を被告に追及した事例です。

監査法人、公認会計士の倫理規程等から直ちに不正発見の注意義務が発生するのではなく、あくまでも個別の契約の解釈として(監査法人の)注意義務の内容を判断するというものです。結論は至極当然のように思えますが、内部統制の有効性監査の内容として、きちんと範囲に関する合意ができていたかどうか、監査終了後の結果の報告内容と実際の監査手続きとの間に齟齬が生じていないかどうか…といったところはかなり詳細に認定がされています。監査上の「期待ギャップ」は、こういった任意監査の作業においても契約前に解消し、契約中は説明責任を果たすことがなによりも大切だと思います。

いずれも判決全文を一読した程度なので、まだ理解していない論点もあるかもしれません。今後は他の参考判例などとも比較しながら、上記裁判例の意義について十分に検討しておきたいと思います。


編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年12月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。