AFPがアメリカ合衆国科学技術政策局の局長にMITのエリック・ランダー博士を指名したと伝えた。バイデン大統領の科学顧問にも就任するとのことだ。ネットを見ていて、面影のあるランダ―博士に目が留まり、このことを知った。
米国NIHの所長はフランシス・コリンズ博士なので、これで米国の科学行政のトップの二人がゲノム研究者ということになった。この二人と初めて会ったのは、私がユタ大学に留学していた1980年代後半である。コリンズ博士は当時、ミシガン大学の准教授であり、われわれと共同研究をしていた。1989年には、コリンズ博士から、ミシガン大学に来る気はないかと声をかけられた。それが2003年に始まった国際ハップマッププロジェクトに私が参加することにつながった。
ランダ―博士は当時、MITで経済学から遺伝学に転向した駆け出しの遺伝学(ゲノム学)研究者だった。先見の明があったことは確実だ。彼が、ソルトレークにいた私のもとに、DNA多型マーカーを見つける方法を教えてほしいと訪ねてきた日が懐かしい。彼ら二人は偉くなってしまったものだ。
この二人に共通しているのは、話が分かりやすく、伝える力のあることだ。日本の多くの研究者は、専門家相手でも、一般の方相手でも、同じ話しかできない。一般の方に英語のスライドで話をする人も少なくない。彼らの専門家向けのスピーチと一般向けのスピーチは、全くと言っていいほど異なり、うまく使い分けすることができる。彼らが今のポジションにいるのは、科学者に対してだけでなく、政治家にも、一般向けにもメッセージを伝える能力に長けているからだと思う。
もちろん、聞き手側の政治家のリテラシーにも大きな格差がある。「ヒトゲノム」という言葉は、2021年の日本でも、依然として政治家にほとんど通じない。したがって、ゲノム研究の「国家」レベルの重要性が伝わらない。われわれ研究者の能力が欠けているのかもしれないが、5-10年前でも日本の大御所生物学者はゲノム無用論を展開していたので、その影響もあり、政治家は聞く耳を持たなかった。
20年前2000年にヒトゲノム配列のおおよそが明らかにされた時に、当時NIHのゲノム研究所・所長であったコリンズ博士は、ホワイトハウスでビル・クリントン大統領と一緒に記者会見を行った。当時の英国トニー・ブレア首相もテレビ画面を通して参加した。科学、特にゲノム研究の医療へのインパクトを認識しての英米トップの記者会見同席であった。このリテラシーの差は大きい。
AFPには
「バイデン氏はランダー氏ら専門家の任命について『科学は常にわが政権で最も重要視されるだろう。(中略)われわれが実施するすべてが科学、事実、真実に基づいていることを世界的に著名な科学者らが保証することになる』と述べた。」
とあった。日本学術会議に象徴される科学者の在り方にも問題はあるが、科学なき国家は次第に国力を失うのは、科学的な摂理である。
科学・事実・真実を無視したトランプ政権。その結果が、アメリカのコロナによる壊滅的状況につながっている。日本の国家的な対策も科学からは程遠い。外出を控えることを念仏のように唱えても、戦争中の精神論のようなものだ。中小民間病院にコロナ患者の受け入れを迫るのは愚の骨頂だ。医療施策としては、最悪手で、医療壊滅を招く。メディアも中小病院を非難する論調になってきたが、日本のメディアも馬鹿だ。各地にコロナ専門病院を作るべきだ。中国ができて、なぜ、日本ではできない。日本の政府が科学を重要視するバイデン政権と連携して、このコロナ流行から脱却することを願わずにいられない。島と島は勝手につながらない。つなげる施策が必要だ。
編集部より:この記事は、医学者、中村祐輔氏のブログ「中村祐輔のこれでいいのか日本の医療」2021年1月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。