プロフェッショナルとしての賭けと責任

確実性のもとでの推論においては、解は、人が決定するまでもなく、既に論理的に一義的に決まっている。不確実なことの推論だからこそ、決定があるのであって、決定には必ず賭けの要素を伴う。不確実性が大きくなるにつれ、合理的推論の精度は下がり、不確実性が著しく大きくなれば、合理性を超えたところでの決定になる。そうなれば決断と呼ばれるべきである。

企業などの組織の意思決定のあり方を定めるときは、通常は、小さな賭け、即ち小さな不確実性のもとでの決定は下部へ移譲され、逆に、大きな賭け、即ち大きな不確実性のもとでの決断といえるような賭けは最上部にとどめられる。つまり、決断こそ経営者の仕事だというわけである。

しかし、投資運用業者の組織においては、全く逆に、大きな賭けこそ組織の末端に権限移譲され、組織の上層へいけばいくほど、より合理的な判断、より小さな賭けが求められるべきである。これは奇異なことのようだが、資産運用に限らず、いわゆるプロフェッショナル業においては共通の意思決定の構造である。

プロフェッショナル業というのは、プロフェッショナル個人として、専門的知見を有するものとして、自己の能力の全てを投じ、常に自己研鑽に励み、専らに顧客のために働くことをもって、質を保証する業のあり方である。プロフェッショナルの代表は弁護士、会計士、医師などであるが、資産運用に携わるものも、結果を保証し得ない以上、プロフェッショナルでなければならない。

医療行為においては、いかなる治療方法の選択も、程度の差こそあれ、患者の生命にかかわる不確実な危険を内包している。危険が大きくなれば、決断の域にも達する。しかし、その決定の責任は病院組織の上層へ吸収されることなく、どこまでもプロフェッショナルとしての医師個人に帰属する。

大きな法律事務所に属している弁護士も、事務所としてではなく、弁護士個人として、依頼人から受任する。訴訟戦術については、訴訟結果の帰趨を左右する危険を内包しているが、その決定の責任はプロフェッショナルとしての弁護士個人に帰属する。

資産運用においては、投資の判断は不確実な将来へ向けてなされ、そこには賭けの要素があるにもかかわらず、判断の結果は顧客に帰属する。故に、その業務に携わるものは、プロフェッショナル個人としての重い責任のもとに、賭けをなすのでなければならない。

森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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