選択的夫婦別姓見送り(下):通称使用の拡大では不十分だ

2021年01月21日 06:01

選択的夫婦別姓見送り(上):保守派の反対意見は根拠希薄な憶測はこちら

yongyuan/iStock

選択的夫婦別姓反対の山谷えり子議員は、「(旧姓の)通称使用の拡大」を現実的な解決策として提案する。しかし、実際に通称(旧姓)で仕事をしている人からは問題が指摘されている。

昨年12月16日の衆議院内閣委員会で林伴子男女共同参画局長は、4つの問題点を挙げた。まず、納税申告に旧姓は使用できない。次に、住宅ローンに関する金融機関との契約や抵当権設定契約は旧姓では締結できない。3点目は旅券に旧姓併記はできるが、国外では通称使用が理解されず、渡航や外国での生活などで支障がある。最後に、旧姓による銀行口座の開設には金融機関のシステム改修が必要なため、一部の金融機関に限られている。

私も通称を使っており、林局長の論点、頷く限りである。たとえば、旅券の通称名併記には、海外での仕事の実績が問われ、それを通称名で発表した記事や論文、あるいは出席した国際会議のプログラムなどで証明しなければならない。そのため、これから海外で活躍しようという若い人には証明が難しいという課題がある。私もそうした印刷物をかき集め、証拠として提出した。ところが、受け取った旅券を見ると、旧姓が戸籍名の後ろにまるで付け足しのように括弧付きで記載されているだけ。面倒なことをさせておきながらナンダと、拍子抜けした。海外では役に立たないというのも納得だ。

結婚後も同じ姓を使い続けることは、業務の一貫性や継続性から事業主にとってもメリットがある一方、煩雑で、余計な負担を雇用主に強いると指摘されている。人事は関係する文書を通称と本名の二重に扱わなければならない。

通称を使う当人が味わう負担は言うに及ばずだ。2種類の印鑑の使い分け、郵送物の配送のために表札に通称の追加表記や郵便局や配送業者への通知、通称名で金銭の遣り取りをする場合に口座やクレジットカードの名前が異なる旨を相手に一々断りを入れることなどなど、一つひとつは些細な事柄に見えるかもしれないが、積み重なれば実に煩わしい。しかも、上記の4つの問題点も含め、こうした物理的な負担や不便は当人に惨めで屈辱的ともいえる感情を引き起こす。

郵便物から銀行振り込み、公的文書まで、この名前は通称で本名は○○だと断りを入れるとき、責められているような、ちょっと卑屈な気持ちにさせられるのは、私の被害妄想がすぎるのかもしれない。とはいえ、通称を使っている人たちが、それでは不十分、別姓を実現したいと強く訴える背景には、不便さだけでなく、自己存在の分裂という居心地の悪さがあるのではないだろうか。

名前はいわば自分という存在を他者に認知させる証明書のようなものだ。子どもが産まれると、親は何をおいても名前をつける。それは、その子を唯一無二の存在として認証するためである。毎朝電車の中で見かける人と偶然名乗りあったとき、名前を知ったその人は他の乗客とは違う、特定の個人として立ち現れてくる。名前は人が社会的存在として自己を認知し、また他者にも認証されるための不可欠な要素である。

仕事と私生活での姓の使い分けに不自由を感じない、むしろそれを楽しむ人もいるだろう。しかし、戸籍主義の日本社会では社会的存在としての個人は戸籍名でのみ承認され、通称は仕事の場だけで通用する仮の名前としか看做されない。

私事で恐縮であるが、私は職業人であることを「私」から切り離すことができない。仕事は「私」という存在の大きな部分を占めていて、私が「私」であること、アイデンティティの支えである。戸籍名を名乗らなければならないときになぜ屈辱を覚えるのか。職業人の私が無視され、存在の半分しか認められていないと感じるからだと思う。

旧姓を名乗り続けたいのも、単に仕事の継続性を維持するためだけでない。生まれて以来の時間の流れのなかで形成されたアイデンティティを一貫させたいからでもある。姓が変わった時、私はそれまでの自分と切り離されような不安を感じたが、改めて思うにそれは連続性が断ち切られたことによって生じた自己存在の揺らぎだったのだろう。昨年11月6日の参議院予算委員会で共産党の小池晃議員が夫婦別姓問題は「人権の問題」だと指摘した。私にしては珍しく(!)、小池氏に賛成だ。

別姓容認派の菅首相が実現に舵を切れなかったのは、党内外の保守派の支持を頼りにしてきた安倍政権の路線継承を約束した手前、保守派の意向を飲まざるを得なかったからだと指摘されている(日経ウエブマガジン「Woman Smart キャリア」2020年12月28日付け配信記事)。だが、自民党内にも別姓賛成派は少なくない。推進派の野田聖子氏はもとより、稲田朋美氏、小泉進次郎氏、河野太郎氏など有力議員も賛成や容認を表明し、保守派の反対はもはや自民党の主流とはいえない状況だ。

有権者から切実な声が挙がっている。11月6日の参議院予算委員会の中で、橋本聖子大臣が、別姓に関して5,600件以上、1,700頁にも及ぶ意見が寄せられ、それらの多くが別姓を望む声であり、反対意見はなかったことを紹介した。選択的夫婦別姓・全国陳情アクションという推進派市民団体が、昨年10月に棚村正行早稲田大学教授と合同で、全国の20歳から59歳まで7000人を対象に行った調査では、実に70.6%が選択的夫婦別姓に賛成、反対はわずか14.4%であった。なかでも20代、30代の賛成率は高く、男性の70%近く、女性では80%以上が賛成であったという。

別姓の実現は、自民党の旧弊で、硬直的なイメージを変える格好の機会であった。支持率の改善にも貢献したかもしれない。釣りが好きだという菅首相、逃した鯛は決して小さくなかったのではないだろうか。

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法政大学法学部政治学科教授

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