新型コロナに感染し自宅療養していた相模原市に住む90代の高齢者が亡くなった。これを伝えるANNニュースに気になる一文があった。
男性は23日に「息苦しい」と家族に訴えましたが、血液の酸素濃度を測るパルスオキシメーターの使い方が分からず、測定していませんでした。
パルスオキシメーターは医療機器だから、通常は医療従事者が使用する。自治体などが新型コロナウイルスの自宅療養者に貸与し、自宅で患者自ら使用すること可能になったが、この高齢者にはハードルが高すぎたのかもしれない。
指を挟む部分(指ホルダ)で指を挟み、測定ボタンを押し、表示面に表示される測定値を読み込むという、パルスオキシメーターのシンプルな使い方がわからなかったのはなぜだろう。そこにはアクセシビリティに関わる問題が潜んでいたのかもしれない。いくつか想像してみよう。
- 指ホルダが装着できない問題。指ホルダが正しく装着できなければ、正しい酸素飽和度は表示されない。その結果、装着するたびに測定値が大きくばらつき、高齢者は混乱したかもしれない。パルスオキシメーターは医療機器だから、取扱説明書も医療従事者が理解できるように書かれている。素人である高齢者向けの説明がないと、この問題が起きる可能性がある(7.6.3)。
- 測定ボタンが押せない問題。加齢とともに器用さが失われていくが、その結果、きちんと測定ボタンが押せなかったのかもしれない(7.5.4)。
- 測定終了がわからない問題。測定値が安定したらそれを読むというパルスオキシメーターがある。安定したと知らされなければ、いつ測定を終えたらよいかわからない(4.3.1)。
- 表示が消えてしまう問題。指ホルダから指を外すと測定が終了し、自動的に電源が切れる設計のパルスオキシメーターがある。まず表示された数字をメモして、それから指ホルダを外すように指導しないと、メモを取る前に表示が消えてしまう(7.5.7)。
- 表示が読めない問題。パルスオキシメーターは酸素飽和度と脈拍を液晶画面に表示する。照明と表示面の角度を間違えると、表示面がまぶしくて測定値が見えないという問題が起きる(10.2)。
- 表示が読めない問題その2。加齢によって低下した視力が高齢者には、文字サイズが小さすぎたのかもしれない(7.2.1)。
情報通信機器・サービスのアクセシビリティに関わる推奨事項を規定したJIS規格がある。「JIS X 8341-1:2010 高齢者・障害者等配慮設計指針 -情報通信における機器・ソフトウェア・サービス-第1部:共通指針」がそれで、すべての情報通信機器・サービスが対象である。パルスオキシメーターは生体情報センサーの一種だから、適用範囲に入る。
この記事中の数字は、共通指針の中にある細分箇条の番号である。それぞれの見出しを紹介すると、7.6.3「理解の支援」、7.5.4「力に制限のある利用者」、4.3.1「操作に関し配慮すべき要件」、7.5.7「利用者による応答時間の調整の提供」、10.2「環境の設計」、7.2.1「見ることができない利用者」。
この記事に書いた問題点はすべて想像に過ぎないが、行政機関は、このJIS規格を読めば、自宅療養者に渡す説明書を改善できるだろう。たとえば、
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パルスオキシメーターのメーカーも、このJIS規格を参照すれば、非医療従事者向けのパルスオキシメーターを設計できるだろう。大きな表示面を付け、測定ボタンを大きくする。これらは使いやすさを謳う体温計ではすでに実現しているが、パルスオキシメーターでも採用できる。測定終了を音で知らせるのも体温計では当たり前である。
そして、行政機関は使いやすさをJIS規格でチェックし、適切なパルスオキシメーターを調達できるようになるだろう。
パルスオキシメーターが使えないことで起きる犠牲を少しでも減らすために、関係者にはアクセシビリティJIS規格の一読を求めたい。