「ゼロコロナ」は可能なのか

2021年02月11日 06:07

立憲民主党が「ゼロコロナ」で張り切っている。ワイドショーでも、ゼロコロナは人気がある。立民が総選挙でゼロコロナを掲げて戦えば、自民党はそれを正面から批判できない。これは「原発ゼロ」に似ているが、それは実現できるのだろうか?

その答はゼロコロナの定義による。新型コロナウイルスをゼロにすると言う意味では不可能である。普通の風邪もインフルエンザも、ウイルスがゼロになったわけではない。今年はやっていないだけである。コロナ感染者をゼロにすることも、同じ意味で不可能である。

ではゼロコロナとは何か。枝野氏はその定義を語らず「ゼロコロナをめざす」というだけだ。めざすのは結構だが、そのために具体的に何をするのか。その政策は「医療を守る」とか「感染拡大を防ぐ」といったありきたりな話だけだ。

唯一の違いは優先順位である。政府のコロナ対策は経済を破壊しない範囲でゆるやかに行動制限しているが、ゼロコロナ派は封じ込めを優先し、コロナがゼロになるまで経済を止めろというのだ。岩田健太郎氏はこう書く。

現在、新型コロナを抑え付け、経済的にも回復している国が中国だ。同様に台湾、ニュージーランド、オーストラリアなど、成功者は「ゼロコロナ」を希求する。たまに輸入感染が起きても必死で抑え付け、またゼロに戻している。これこそが、日本が、世界が目指すべき戦略である。

このうち中国の統計は信用できない(死者は昨年4月以降ほぼゼロ)ので除外し、人口500万人足らずのニュージーランドも除外する。日本でも人口500万人の北海道だけ取り出せば、NZとほとんど変わらない。検討に値するのは、オーストラリアと台湾である(最近までコロナ脳の希望の星だった韓国は死者が増えて脱落したようだ)。

毎日のコロナ死者(100万人あたり)Our World in Data

このうちオーストラリアのピーク時(昨年8月)の死者は0.8人/100万人で、今年1月の日本と変わらない。死者が減ったのは季節要因である。南半球のオーストラリアは、8月の気温が最低なのだ。

台湾モデルはまねられない

台湾は成功例といっていいだろうが、これは特殊ケースである。武漢で集団感染が起こった直後の2月7日に外国人の入国を禁止し、ワクチンができるまで鎖国する方針をとった。このため初期の武漢系ウイルスが入っただけで、ヨーロッパで強毒化したウイルスは入らなかった。

日本が失敗したのは、入国禁止を3月末まで延ばしたため、ヨーロッパからの輸入感染で強毒性のウイルスが入ったことだ。もしタイムマシンがあれば、台湾のように2月に入国禁止する選択肢はあったが、いま日本にはすでに強毒性ウイルスが大量に入っているので、今からゼロにすることは不可能である。またウイルスゼロのままだと、ワクチンがきくまで海外から入国できないので、経済的打撃は長期化する。

では日本でどうやってゼロコロナを実現するのか。岩田氏はロックダウンを主張しているが、これは日本では違法である。緊急事態宣言の目的はゼロコロナではないので、外出禁止令は出せない。「コロナをゼロにしたら経済が回る」というが、ゼロにならなかったらどうするのか。永遠に自粛するのか。

それとは別に渋谷健司氏のグループが「ゼロコロナプロジェクト」と称して、無症状者にもPCR検査を拡大することを提言しているが、この程度ではゼロにはならない。コロナが日本で一番重要な問題なら、ゼロをめざすのもいいだろう。しかし日本では、昨年の感染症の死者は一昨年より約2万人減ったのだ。それ以上、死者を減らす必要があるのか。

日本政府がめざすべきなのは、特定の感染症をゼロにする部分最適ではなく、すべての病気を減らして多くの人を健康にし、経済を破壊しないで社会的コストを最小化する全体最適である。ゼロコロナなどというのは「原発ゼロ」と同じく、大衆受けをねらった無責任なリップサービスにすぎない。

偽善者はすばらしい約束をする。約束を守る気がないからである。――エドマンド・バーク

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アゴラ研究所所長(学術博士)

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