森喜朗氏はなぜ辞任しなければならなかったのか?を可視化する

2021年02月13日 06:00

森喜朗氏が12日、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長を辞任する意向を表明した。森氏から後任に指名された川淵氏に関する批判なども報道され、川淵氏の起用が見送られるなど、未だその余波は収まる気配がない。

辞意を表明した森会長(NHKニュースより)

今回の記事は、タイトルのとおり「森喜朗氏はなぜ辞任しなければならなかったのか?」に的を絞り、公人の責任を可視化するポジショニングマッピングを試みた。

本マッピング手法は、タイトルを変えればある程度汎用性があるように作ったつもりだ。他方、提供した図案はあくまでイメージなので、そのように解釈されたい。

今回のケースのタイトルは「性差別事案と責任」。縦軸は「公的権力を伴う社会的影響力」、横軸は「発生した問題の程度」とする。右上にある赤い三角形の網掛けは、「辞任相当」のエリアとする。

縦軸:公的権力を伴う社会的影響力

さて、縦軸についてみていこう。

日本において、「性差別」事案について「公的権力を伴う社会的影響力」がある者とはだれか。大きくは、政治家、公機関の要人、あたりが考えられる。ここに第四の権力たるメディアを入れたいところだが、メディアにおける責任論の整理が必要なので、ここでは割愛する。いずれにしても、社会的、国際的影響力がある役職にある者ほど、重い責任があることは言うまでもない。

この事案で責任が最も重いのは、順不同に首相、女性活躍担当の特命担当大臣あたりだろうか。その後ろに、それ以外の大臣たちが続き、次いで国会議員や地方公共団体の首長となり、地方議会議員が連なる。加えて、各省庁の事務次官は、難しいところだが、広域自治体の首長くらいの重みがあるのかもしれない。

その中にあって、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長とはどこに位置するだろう。

私は、「性差別」事案を前提とした場合、「首相に匹敵するか、それ以上の責任」がある存在であると考える。その理由は、以下二点に求められる。

1.日本におけるオリンピック憲章の体現者

森会長の元で開催しようとしていたのは、オリンピック・パラリンピックだ。

同大会は、オリンピック憲章にその精神を規定されている。第5条では「オリンピック・ムーブメントは、最高機関IOCのもとで、各種組織、競技者、その他の人たちを統括する。彼らは、オリンピック憲章によって導かれることに同意した人々である。」とあり、続く第6条で「オリンピック・ムーブメントの目的は、いかなる差別をも伴うことなく、(中略)よりよい世界をつくることに貢献することにある。」とある。

森会長に求められていたのは、「いかなる差別をも伴わない」世界最大のスポーツ大会の主催国における、組織委員会のトップとしての振る舞いだった。ちなみに、オリンピック憲章の基本原則は、たった9条しかない。

大会の精神から言っても、ご自身の振る舞いによる「性差別」事案における倫理的責任はあまりに大きい。

2.国益を左右する存在

同大会は、開催されれば国際的な注目度は計り知れない。その成否は、「日本の国際的な評価」を左右するものだ。仮に、会長自身の振る舞いにおいて「性差別」事案が発生した場合は、日本の国益を大きく毀損する。

もし、森氏が主張する「女性は長くかかる恥ずかしい会議の原因となっている」という見解が、日本の国体を護持するために「正しく正統な」考え方だとすれば、国際的な反発を招こうが、スポンサーが軒並み降りようが、各国がボイコットしようが、しっかり主張をする必要があるかもしれない。しかし本件は、断じてそういう問題ではない。

縦軸の設定はあくまで「公的権力を伴う社会的影響力」を見る軸であるから、具体的な主張はここまでとするが、言いたいのは「それだけ国際的な影響力がある立場」が、東京五輪・パラリンピック大会組織委員会会長という存在だ、ということだ。国際広報的観点から言えば、現時点では「首相と同格かそれ以上」に、「性差別」に気を付けなければいけない存在であるというのは、以上のような理由からだ。

横軸:発生した問題の程度

次に、「発生した問題の程度」を見ていこう。

「問題の程度」を探るのに必要なのは

・発生した事案

・事後対応

という「事案そのもの」と

・国内、及び国際的な影響

から生じる「結果」を足し合わせたものと定義する。

1.発生した事案と事後対応

森氏の失言の分析については、前回の記事にゆずる。

大きく言えば「女性は長くかかる恥ずかしい会議の原因となっている」という趣旨の発言は、紛れもない性差別だ。

さらに、「女性理事を4割にせよと文科省がうるさく言う」から「欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになる」までの一連の発言は、恥ずかしい会議の原因となっている「女性を選ぶという風潮」を揶揄した内容であることは、文章読解能力のある人が読めばわかる。

以上から、性差別に関する「失言があった」ことは、前提として提示する。

次に事後対応だが、もはや論評は必要ないだろう。いわゆる「逆ギレ会見」は、為した失言の問題を倍加させ、日本においては「このような人物」が大会組織委員会会長として君臨できるという情報を、世界に高らかに発信してしまった。

他方、以上の「事案そのもの」については、その人の価値観によりマッピングの位置は違うだろう。例えば、会長が科学的根拠もなく女性は能力が低いという理由で女性役職員全員を突然解任した場合を100とし、何もない状態を0としたとき、今回の失言は何点か?80という人もいれば、10という人もいるかもしれない。その議論をはじめるときりがないので、この論考では深堀りしない。「振れ幅が大きな議論」であることは、私を含む万人が認めるところだ。

2.国内、及び国際的な影響

次に、上記会長の振る舞いから生じた「国内、及び国際的な影響」を見ていこう。国内では、連日活発な批判報道がなされ、ボランティアや聖火ランナーの辞退が続出し、閣僚や国会議員からも批判が次々に噴出した。

また、仮に森氏を続投させれば、「女性は長くかかる恥ずかしい会議の原因」とうそぶくおじいちゃんが社会の頂点に立てる、という国民へのメッセージとなることから、日本社会における影響は相当なものがあったと考える。

国外に目を向ければ、IOC会長が「森会長の発言は極めて不適切で、IOCが取り組む改革や決意と矛盾する」とする声明を発表し、同大会のスポンサーも不買運動の可能性に懸念を示す事態となった。さらに、各国のメディアでも次々と「日本の現状」とセットで報道されたのは、記憶に新しいところだ。

「IOC会長が手のひら返しした」とか「以上のような事案自体が行き過ぎたポリコレだ」という批判は確かにある。特にポリコレとのからみの部分は、もう少し大きな視点から、私も大いに議論を深めたいと思ってはいる。

しかし、実際に発生している事態はもはや「日本の国益を損なうレベル」で深刻だったし、もし森氏が辞任しなければ、事態は取返しのつかないものになっていたことだけは、冷静に判断すれば誰もが首肯せざるをえないのではないか。

以上から、私は本件における「国内、及び国際的な影響」は、「最悪の100満点」に限りなく近い状態にあったと思うが、いかがだろうか。

冒頭お伝えしたとおり、私が設定した横軸「発生した問題の程度」は、「事案そのもの」と「国内、及び国際的な影響」の総和であるから、横軸における本件のマッピングも、悪い意味で高得点となる。

以上を元に、先に提示したポジショニングマップに「森会長」をプロットすると、「赤き辞任相当のエリア」に置かれざるをえない、というのが、私の結論だ。

私も、政治家という立場であることから、何かあればこの嫌らしいマッピングにとらえられてしまう可能性を、常に秘めている。

言論とは実に恐ろしいものである、と再確認しつつ、本稿を終えたい。

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