「まだ私たちは、ここに来るべきじゃなかった!」仲間とともに泣いた、あの年から10年。忘れられない悔しさを、復興への力に。

こんにちは、音喜多駿(参議院議員 / 東京都選出)です。

3月11日。ついに東日本大震災が発生したあの日から、丸10年の月日が経過しました。

「政治家になりたい」「国を変えるんだ」

口先だけでそう言ってぼんやりと20代を過ごしていた私に、それはあまりにも大きく、辛すぎるきっかけになった出来事で。

2015年3月11日のブログ

テレビに映る被災地の光景に、そこに敢然と向かう友人の姿に、居ても立っても居られずに東北に足を運び続けたあの日々。

最初は本当に力不足で、思っていた通りの支援なんて全然できやしなくて。

「まだ私たちは、ここ(被災地)に来るべきじゃなかった!」

と泣き出すメンバーを慰め、奮い立たせて、がむしゃらに瓦礫と向かい合った。そして被災した子どもたちのために、巨大カステラを作りまくった。

5年間副代表を務めた任意団体、世界で(多分)唯一「ぐりとぐら」の巨大カステラを忠実に再現できる被災地支援技能集団「ふらいパンダ」の活動記録は以下のブログに。

歳を重ねて、経験を積んだら、あの無力感を忘れられるのかな。

政治家になったら、もっと自信をもって、被災地の役に立てるかな。

そう思っていたけれど、残念ながら今の私もまだまだ非力なままで。

癒えることのない被災者の方々の心の傷や、原発処理水や甲状腺がん検査など、なお残る課題の前に唇を噛むばかり。

それでも、できることを一つずつ積み重ねて、前に進んでいく。被災地も、この社会も、私自身も。

悔しかったあの気持ちと、瓦礫を掻き分けた後や、カステラを食べる時にもらった最高の「ありがとう」を胸に。

次の10年、その次の20年も、東北とともに歩みを進められたら。

東日本大震災で亡くなられた方々の改めて衷心より哀悼の意を表しますとともい、被災地とこの国の復興に尽力すること改めてお誓い申し上げます。

それでは、また明日。


編集部より:この記事は、参議院議員、音喜多駿氏(東京選挙区、日本維新の会)のブログ2021年3月11日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は音喜多駿ブログをご覧ください。