責任者が重大な問題でその是非をはっきりと表明ぜす、美辞麗句で事を曖昧にした場合、遅かれ早かれ問題が生じやすいものだ。世界13億人以上の信者を誇るローマ・カトリック教会の最高指導者、フランシスコ教皇の言動についてだ。そして重大な問題とはここでは同性愛者へのサクラメント、神の祝福を与えるか否かの問題だ。南米出身のフランシスコ教皇は人が良く、嫌われることを恐れる性格も手伝って、同性愛者問題ではこれまでかなり揺れてきた。その教皇がここにきて「同性婚は神の計画ではない」とはっきりと言明し、関連の声明文を発表させたのだ。
バチカン教理省(前身・異端裁判所)は15日、「同性婚者への神の祝福を与えることは出来ない。これは同性愛者への差別でもないし、審判でもない」という内容の声明文を公表した。声明文には教理省長官ルイス・ラダリア枢機卿と次官のジャコモ・モランディ大司教が署名している。
声明文によると、「教会は同性愛に基づく婚姻に対し、神の祝福を与える権限を有していない。神父は同性愛者のカップルに対し、その婚姻に如何なる宗教的な認知を与えることも禁止される」と述べている。バチカン教理者宛てに提示された疑問に答えたもので、「フランシスコ教皇はその法令を公表することに理解を示した」と付け加えている。
バチカンニュースによれば、バチカンが同性婚に今回はっきりノーといったのは、同性婚が神の計画ではないこと、サクラメントは神の祝福の価値と真理に基づくもので、教会の聖餐式であり、典礼行為だ。同性愛者へのサクラメントは異性間の婚姻と同等扱いという間違ったシグナルを与える危険があるため、それを排除する必要があったからだという。
バチカンは過去、同性婚者問題で揺れ動いてきた印象を与えてきたが、実際はフランシスコ教皇が揺れてきたのであって、バチカン教理省ではない。同教皇は過去、多くの脱線発言があった。同性愛問題でも教皇就任の年(2013年)、「同性愛者にああだ、こうだといえる自分ではない」と述べ、同性愛者に対し寛容な姿勢を示した。少なくとも、同性愛を認めない前教皇ベネディクト16世とは明らかに違っていた。
また、フランシスコ教皇がドキュメンタリー映画で同性愛者同士の事実上の婚姻を容認する発言をし、国際的な論議を呼んだことがある。驚いたバチカンはその直後、「教会の教義に言及したわけではない」として教理の変更を否定する内容の内部通知を各国の司教らに送ったほどだ。
ちなみに、フランシスコ教皇はバチカン内に同性愛者がいることを認めている。教皇は2013年6月6日、南米・カリブ海諸国修道院団体(CLAR)関係者との会談の中で、「バチカンには聖なる者もいるが、腐敗した人間もいる。同性愛ロビイストたちだ」と述べている(「同性愛者の元バチカン高官の『暴露』」2017年5月11日参考)。
そしてフランシスコ教皇は2018年12月1日、ローマで発表されたインタビュー集の中で「教会には同性愛者を迎え入れる場所がない」と断言し、「同性愛性向の聖職者は聖職を止めるべきだ」と主張。そのうえで、「現代の社会では同性愛性向が流行している。その影響は教会内まで及んでいる」と警告を発しているほどだ。参考までに、カトリック教会の伝統的な教義では「同性愛は罪」と久しく受け取られてきた。その意味で、フランシスコ教皇の発言は決して新しいものではなく、原点に返ったというべきだろう(「教皇は『同性愛』を容認しているか」2018年12月5日参考)。
カトリック教義の番人、バチカン教理省が今回、同性婚問題に対する立場を明確にした背景には、現地の教会責任者が同問題で戸惑っていることがあるからだ。ある教会では同性愛者はサクラメントを受け、別の教会では拒否された、といったように一貫性がなく、現場の教会では戸惑いがあったからだろう。そこで教理省は信者たちの質問に答えるという形で見解を明らかにしたわけだ。
バチカンは婚姻問題では異性間の婚姻、男性と女性の婚姻しか認知していない。ただし、同性愛者への差別や不法な迫害については、「批判してきた」。すなわち、教理上では、異性間の婚姻こそ神の祝福だというバチカンの姿勢は揺れていない。同性愛者への寛容と寛大な姿勢を求める教皇のメッセージが恣意的に誤解され、メディアで「バチカンは同性愛者を認知した」と報道されたことがあった。
実際、フランシスコ教皇が公表した回勅「 Amoris laetitia」(愛の喜び)では、同性愛者を突き放すのではなく、随伴し、導くことが神のみ心だと記述されている。そのため、教会によってはサクラメントを同性愛者にも与えてきた。回勅「愛の喜び」はフランシスコ教皇が2014年と15年開催された「家庭に関する公会議」の結果をまとめたものだ。
ところで、フランシスコ教皇は今年3月19日から「第10回世界家庭の集い」(2022年6月26日)がローマで開催されるまで、「家庭」を牧会のキーワードとするという。その「家庭の年」がスタートする前に、同性愛者問題で教会の見解を明らかにするために今回の声明文の公表となったのだろう。
蛇足ながら、バイデン米大統領はジョン・F・ケネディ大統領(在任1961年1月20日~63年11月22日)に次いで2人目のカトリック教徒の米大統領だ。バチカンニュースによると、「ケネディは当時、米カトリック教会の全面的支持を得ていたが、バイデン氏の場合、米国社会と同様、教会は二分化している」という。バイデン氏は教会の礼拝に参加し、ロザリオを身に着けている典型的な実践信者だが、中絶問題では個人的には中絶を拒否しているものの、法的に中絶を禁止することに反対してきた。同時に、同性婚でも常に寛容の姿勢を示してきた。そのため、バイデン氏の信仰姿勢を疑う信者たちがいるほどだ(「カトリック信者バイデン氏の『足元』」2020年11月10日参考)。
バチカン教理省は今回同性婚に対してはっきりとした見解を明らかにした。次はバイデン氏の反応が注目される。バイデン氏が自身の信仰生活に調和をもたらしたいならば、教会から脱会するか、「信仰は政治家のアクセサリー以上のものではない」と割り切って生きていくかの2通りの選択肢しかないだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年3月17日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。