脚本通りだった!? 米中外交トップのアラスカ会談

高橋 克己

バイデン政権初の米中外交トップの会談が19日、閉幕した。冒頭のやり取りが話題になったが、共同声明もなく、2日間に何が話されたかは判然としない。各メディアの論調は、21日の産経社説「主張が「米中アラスカ会談 “世界の懸念” 突き付けた」で書くように、概して米国に好意的だ。

写真AC

筆者の見方は少々違って、脚本通りに進められた会談と思えた。なぜなら、両国の外交トップとはいえ、その主張はバイデンと習近平の意向に沿うものに決まっている。その両首脳は2月10日に電話会談を行っていた。翌11日のBBCは会談を次のように報じた。

ホワイトハウスは「中国政府による強権的で不公平な経済慣行や、香港での取り締まり、新疆での人権侵害、さらに台湾を含め周辺地域で強圧的な行動を増していることについて、大統領は根本的な懸念を強調した」と声明、バイデンは「米国国民の利益になる時は中国と協調すると伝えた」とツイートした。

他方、中国国営中央テレビは、両首脳は「二国間関係や主な国際的および地域的課題について、踏み込んだ意見交換をした」とし、習主席はバイデン大統領に、悪い関係が続けば両国にとって悲惨な事態になると警告したと報じた。

確かにアラスカ会談まで米国は周到に事を運んだ。中国全人代が閉幕した翌12日、リモートで日米印豪によるクアッド会議を持ち、間を置かず日本と韓国と立て続けに2+2会談を持った。これらは主にインド太平洋の安全保障が議題だった。

その間に米国は、香港の選挙法改正に絡めて24人の制裁を公表した。が、電話会談で香港について話したにしては、中国が平然と選挙法を改正し、米国も粛々と制裁を発表するような事態はちょっとおかしくないか。まるでお定まりだ。

米国は韓国から北京には向わず、アンカレジに戻って楊潔篪共産党政治局員と王毅外相を呼びつけた。昨年6月のポンペオと楊の会談はハワイだったので、外交儀礼上は北京に行くべきだったろう。多くのメディアは楊が応じざるを得なかったと書く。

が、筆者は米国が二人をアンカレジに来させたのは見え透いていると思えた。記者のいる会議冒頭で、ウイグルと香港の人権や台湾問題、サイバー攻撃や同盟国への経済的な強圧などに懸念を表明したのも、国際社会が期待したことだが、中国も予想していたことだ。

楊はかねて用意していたように長台詞を喋り、米国の現状の混乱を鋭く突いた。ブリンケンが、帰ろうとする記者らを呼び止めてまで「米国はこれらの課題に透明に立ち向かい、隠していない」などと、近平の隠蔽体質を皮肉ったのも、芝居がかっていて嘘くさい。

なぜなら、この時ブリンケンがどさくさ紛れに「米国が戻ってきたこと、同盟国やパートナーと再び関わっていることに深い満足を感じている」と述べた。これは取りも直さず、トランプの対中政策とAmerica firstからの転換を意味する。これは習近平に歓迎される以外の何物でもなかろう。

バイデン政権が国内問題で混乱しようと同盟国への影響は間接的だが、外交や安全保障は違う。事実とすれば安全保障上最悪なのは、「米国は(中国大陸と台湾は一つの国とする)一つの中国の原則を重ねて表明した」との新華社の指摘だ。前トランプ政権の治績を無にするからだ。

ポンペオ前国務長官は11月12日のラジオ番組で、「台湾が中国の一部でないとの米国の立場はレーガン政権時代から35年にもわたって続いている」と述べ、これに中国外務省は自国の核心的利益を損なう動きには対抗措置を取ると警告した。

ちなみに、米国も日本も他の多くの西側諸国も、「台湾をその一部とする中国の立場を認識(acknowledge)」しているだけで、台湾を中国の一部と認めた訳でない。外交の一貫性維持のためにも、ブリンケンはこの新華社電にきちっと反論声明を出すべきだ。

会談終了後の両国の発表を見てみよう。

ブリンケンは報道機関への声明で、冒頭での人権問題の件の外に、「イラン、北朝鮮、アフガニスタン、気候に関して両国は利害を共有している」とし、「経済、交易、技術については、議会、同盟国らと緊密に協議して、これらの問題を検討していることをカウンターパートに伝えた」と述べた。

「安全保障」と「デカップリング」という語がないことに筆者は大きな懸念を懐く。安全保障に絡むのは「イランと北朝鮮、アフガニスタン」だけだ。わざわざ会議の前にクアッドや2+2の手順を踏んだのに、話題にならないはずはなかろう。

共和党のトム・コットン上院議員らは2月18日、中国貿易関係法案を議会提出した。中国に最恵国待遇を与える際、毎年中国の人権状況と不平等な貿易慣行をチェックすることを大統領に求める内容で、明らかに中国とのデカップリングを意図したものだ。

環球時報胡編集長は21日、この法案を提出した「トランプ支持者のコットンの発言はナチスの人種差別レベル」とこき下ろし、「米国のデカップリングは中国にいくらか困難を引き起こすが、米国の損失も決して小さくない」と述べた。この法案が中国の弱みを突いているのだ。

よって「経済、交易、技術」での同盟国との協議もデカップリングを主とすべきだ。EUは22日、ウイグルに絡み中国の個人と団体を制裁した。それも良いが、12月に大筋合意したEU・中国の投資協定に対する欧州議会の異議も尊重すべきだ。また、ボールを持ち帰るような口ぶりも頂けない。

外交でも民間の交渉事でも、より強くより早くまとめたいと望む側が、より多く妥協すると相場が決まっている。が、現下で米国が中国に望むのは、人権蹂躙の是正とインド太平洋での安全保障という、非対称に当然のことであり、米国には妥協やボールを持ち帰る必要などない。

気候問題も中国が元凶であると世界中が知っている。他方、米国はシェールガスでCO2排出量を漸減しており、パリ条約を抜けようがとやかく言われる筋合いはない。トランプは抜けたが、戻ったバイデンは環境オタクのジョン・ケリーとエネルギー政策で躓く可能性が高い。

中国側はどうか。発表は「中国共産党の政権運営の地位と制度の安全を損なうことは許さない。これは触れてはならないレッドラインである」としつつも、「中米双方がハイレベル戦略を巡る意思疎通を続けることを希望している」として、米国との協力に意欲も示した

国営中央テレビ*は、楊潔篪共産党政治局員が「相互理解を増進するのに有益だった」とし、同時に「若干の問題で重要な相違点が依然存在する」と述べたとする。「有益だった」といわせる会談だったのだ。

「相互理解」や「協力」も曲者だ。中国は周縁地域や台湾などへの圧力緩和など多少譲歩するかも知れぬが、人権蹂躙を緩和したところでゼロにする訳でない。人権蹂躙はしないのが当たり前なのだから、中国の譲歩に浮かれ、米国が何かの妥協をする必要などない。

こうして見ると、両首脳の電話会談をなぞった脚本通りの、米国に無益な会談だったのではなかろうか。バイデンは中国に弱みがあるかも知れぬが、閣僚や議会はそうでなかろう。筆者には、バイデン政権が今後、中国にズルズルと妥協してゆく前奏曲のように映るアラスカ会談に思われた。