ワクチン接種の「予約」が終わるまで

当方は12日午後、新型コロナウイルスへのワクチン接種を受ける。日本では同日から9万7500回分のワクチンの接種が一部地域で始まるというニュースが流れていた。日本では主に米製薬大手ファイザー・独ビオンテック製のワクチンが接種されると聞くが、オーストリアでは現時点ではファイザー製のほか、米製薬大手モデルナ社、英製薬会社アストラゼネカ社の3種のワクチンが準備されている。近い将来、ジョンソン・エンド・ジョンソン、そしてロシアのスプートニクⅤが認可を受ければその選択メニューに入る予定だ。オーストリア国民にとっては「どのワクチンを受けるか」が新たなテーマとなる。

コロナ検査の会場を視察するクルツ首相 2021年4月9日、連邦首相府公式サイトから

メディアなどの報道によると、現時点ではファイザー社製ワクチンの接種希望者が多い。オーストリアのバン・デア・ベレン大統領は10日、ファイザー製ワクチンの第1回目の接種を受けている。一方、評判が悪いのは英製薬会社のアストラゼネカのワクチンだ。もちろん、それなりの理由はある。同社のワクチンを接種した看護師がその後、死亡したというニュースが流れるなど、副作用が多く報じられてきたからだ。ワクチン接種後、亡くなった人のケースはファイザー製ワクチンでも報じられてきたが、アストラゼネカ社のワクチンに不安を感じる国民は少なくない。アストラゼネカ製ワクチンの接種を中止している国も出てきた。

オーストリアでは連邦政府がワクチンを製薬メーカーから購入し、それを各自治体に人口比に基づいて分割供給するシステムだ。ワクチン接種は基本的には州自治体が責任をもって住民に接取する。当方が住むウィーン市(特別州)では、今週から約10万回分のワクチンの接種が可能となった。接種対象者は障碍者、65歳以上の市民だ。そこで当方は9日午前、接種を予約するために早速ワクチン接種サイトを開いた。もう既にかなり予約日は埋まっていたが、空いている日もあった。そこで12日午後1時15分の予約を申請すると、数分後、「OK」のメールが届き、接種時間、場所、そしてワクチンの種類を明記したメールが届いた。

そのメールを読んで少し驚いた。ワクチンはアストラゼネカ社となっている。ワクチンの種類は受ける国民には選択権はない。「まあーいいや。ワクチンを接種出来るだけでも感謝だ」と自身を説得。接種日には保険カード、写真付き身分証明書、質問への回答書、そしてFFP2マスクの着用が義務つけられていた。これで予約は終わった。

そこでワクチン接種の予約が出来た、という知らせを息子夫婦や友人にメールで報告した。彼らは、基礎疾患のある当方がワクチンの接種が出来るという事を歓迎し、「良かったね」と返答してきた。その次に「どのワクチンを接種するのか」と聞いてきた。「アストラゼネカ製だ」と答えると、「ああそうか。いずれにしても良かったね」と答えてきた。両手を挙げて「良かったね」ではないことは直ぐ感じたが、先述したようにワクチンを選ぶことはできない。運命と受け取る以外にないわけだ。

当方は「アストラゼネカ社のワクチンで問題が生じた場合、国が保障するのか、それとも製薬会社だろうか」と考え、「接種担当者の医師に聞いてみるのもいいかもしれない」というと、家人は「そんなことを聞いた医師はビビッて接種を拒否するかもしれない」といって、「とにかく接種が最優先、そんな質問をしたければ、保健省の報道官に電話取材すればいいでしょう」と真剣に説得してきた。

予約が終わり、一応ほっとして仕事にとりかかったら、当方が予約したオーストリア・センターの接種場所以外の他の接種場所の予約受け付け欄がオープンしているのに気が付いた。当方が予約した時点では接種場所は最大のオーストリア・センターの1カ所だけだった。当方が良く知っている病院でも接種可能となっていたのだ。

オーストリアセンターはウィーン市22区でドナウ川沿いにある。電車でも30分以上かかる。一方、病院は15分と近い。暫く考えた後、オーストリア・センターでの接種予約をキャンセルして14区の病院での接種予約にトライすることにした。一種の賭けだ。キャンセルすれば、新しい予約が可能かは不明だ。ひょっとしたら病院での接種を希望する市民が殺到し、予約の欄が全て埋まっているかもしれない。幸い、予約日には空きがあった。そこで12日午後の接種アポイントが取れたわけだ(簡単なことだが、説明するとかなり長くなる)。

驚いたのは、病院でのワクチンはモデルナ製ワクチンとなっていたのだ。アストラゼネカ社ではないのだ。宝くじで当たったような気分といえば大袈裟だが。何かラッキーだったという思いが湧いてきた(モデルナ社製ワクチンはファイザー社製と同様にmRNAワクチン。遺伝子治療の技術を駆使し、筋肉注射を通じて細胞内で免疫のあるタンパク質を効率的に作り出します。ウイルスを利用せずにワクチンを作ることができるから、短期間で大量生産が出来るメリットがある。アストラゼネカ製はウイルスベクターワクチン)。

早速、息子夫婦と友人に訂正メールを送った。すると「良かったね」という部分には大きな変化はなかったが、「アストラゼネカと聞いた時、少々不味いなと思っていたんだ。いろいろ噂を聞いているからね」と付け足し、モデルナ製ワクチンで良かったと説明してきた。次男は2つのVサインを付けたメールを返送してきた。彼らは最初のメールでは言わなかったが、アストラゼネカのワクチンに対して警戒心があったわけだ。

終わりよければ全て良しと思い、PCを閉じようとした時、オーストリア国営放送の公式サイトには、「アストラゼネカのワクチンを接種予約した市民が次々に予約をキャンセルしている」というニュースが報じられていた。「当方だけではなかったのか」という思いと共に、「アストラゼネカ製のワクチンは欧州医薬品庁(EMA)が公式に認可したワクチンだ。アストラゼネカ製ワクチンへの警戒心はメディア報道による風評もあるのではないか」と、アストラゼネカ社に同情する思いがでてきた。ちなみに、英国のジョンソン首相はアストラゼネカ社のワクチンを接種するシーンを写真に撮らせている。接種後、ジョンソン首相の日常の政治日程に狂いが生じたとは聞かない。

ところで、クルツ首相はロシア製ワクチンのスプートニクⅤを国内生産してワクチン供給網を強化したい意向だが、オーストリア国民の中には既に抵抗が見られる。隣国スロバキアではスプートニクⅤの輸入を断念している。国民からの反発が大きかったからだ。34歳の若いクルツ首相は、「ワクチン接種の順番が来たら、スプートニクVでも接種するよ」とカメラの前で豪語していた。

クルツ首相には、「ロシアのプーチン大統領は先日ワクチンを接種したが、どのワクチンかは公表していない」というニュースをじっくりと考えて頂きたい。ロシアンルーレットのような賭けは出来れば避けるべきだろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月12日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。