「椅子」がもたらした人間ドラマ

少々時間が経過したが、欧州メディアで“ソファゲート”と呼ばれている出来事について考えてみたい。不祥事は今月6日、トルコの首都アンカラで開催された欧州連合(EU)とトルコの首脳会談で起きた。

スイス・ジュネーブの欧州国連本部の広場にある「壊れた椅子」 Wikipediaから

同首脳会談は、トルコのエルドアン大統領がホスト役で、ゲストにはEUのミシェル大統領とフォンデアライエン委員長の2人が参加した。問題はテーブル形式で行われていたならば生じなかっただろうが、ホワイトハウスで行われる首脳会談のように、関係国の国旗を背景に、テーブルを挟んでホストとゲストが座る形式であったために生じた。直接の原因はゲストが2人だったことだ。

トルコ大統領府で行われた首脳会談には正面に2つの椅子が準備されていた、もう1人のゲストが座る椅子が見当たらない。具体的には、フォンデアライエン委員長の椅子がなかったのだ。委員長は少し戸惑いを見せながら、椅子を探した。気まずい雰囲気が流れた後、委員長は少し離れたところにあるソファー(長椅子)に座ることになった。そして3者の首脳会談が始まったのだ。

欧州メディアは、首脳会談の内容よりも椅子騒動を面白おかしく報道し、「なぜ椅子が3席準備されていなかったか」というトルコ大統領府の準備不足を追及する以上に、「女性蔑視のトルコ文化がもたらしたスキャンダルだ」という切り口で大きく報じていた。

首脳会談の前に自分が座る椅子がなく、オロオロとした委員長にとっては「絶対に甘受できない」出来事だったのだろう。ブリュッセルからの報道によると、委員長はその後、ミシェル大統領と会い、「今後、あのような事態は再現してはならない」ときつい口調で述べたという。委員長の怒りは収まっていないのだ。トルコ側の待遇だけではない。椅子騒動の真っ只中にあったミシェル大統領が相棒の委員長が椅子探しをしている時、何も言わずに自分の席に座っていた、という事実に我慢が出来ないのだろう。

ミシェル大統領はその時、エルドアン大統領にそれとはなく「直ぐに委員長の椅子を準備してください」と提案していたら良かっただろう。理想のシナリオは、ミシェル大統領が自身に準備された椅子を委員長に譲って、欧州のレディ・ファーストの精神を発揮していたならば、ベルギー出身の大統領の株は急上昇していただろう。大統領は絶好の機会を逃しただけではなく、相棒の委員長を敵に回すような事態となったわけだ。

ちなみに、EUのプロトコールでは大統領は名誉的な立場であり、委員長は実務遂行の総責任者という役割がある。2人が一緒に海外を訪問した場合、訪問先では大統領がEU首脳として接待される機会は多い。共同記者会見では最初に口を切るのは大統領、というプロトコールがある。

椅子に関わるハプニングはソファゲートだけではない。同じようなハプニングが過去にもあった。安倍晋三首相(当時)を表明訪問した韓国政治家が座った椅子が安倍首相の椅子より明らかに低かった。これは韓国を見下す日本側の意図的な画策だ、といった批判の声が飛び出したことがある。もちろん、韓国国内でだ。

野党・自由韓国党の洪準杓代表が2017年12月14日、安倍首相を表敬訪問した時だ。同代表の椅子の高さが安倍首相より低かったことが分かると、韓国メディアが早速、報道し、その記事はアクセス数でランキング1位となったほどだ。写真を見る限り、韓国のゲストの椅子は少々低いが、椅子の高さ騒動は訪日した韓国側には何時も飛び出すテーマであり、新しいことではない(「韓国の来賓には椅子の高さにご用心」2017年12月23日参考)。

ところで、東京五輪・パラリンピック組織委員会会長だった森喜朗元首相が女性蔑視の発言をしたとして、世界からバッシングを受け、辞任に追いやられたことはまだ記憶に新しい。その時、欧州のメディアは日本の女性軽視の文化を紹介し、バッシングした。同じ論調で、ソファゲートではトルコのエルドアン大統領の女性軽視を批判しているわけだ。両者とも女性軽視問題か否かは慎重な検証が必要だろう(「元祖『女性蔑視』から見た森発言の重み」2021年2月25日参考)。

いずれにしても、椅子は社会的地位や立場を表示しているケースが少なくない。会社の地位が上がれば、椅子もそれなりに豪華になり、ひょっとしたら椅子の高さも変わるかもしれない。「椅子の高低」は非常に政治的な問題だが、「椅子の有無」は身の置き場所に関わる物理的、時には生理的な問題だけに、フォンデアライエン委員長がアンカラで体験した戸惑いには同情せざるを得ない。

なお、スイスのジュネーブの欧州国連本部の広場には「壊れた椅子」が飾られている。地雷やクラスター爆弾に抗議したものだ。人が腰を下ろす「椅子」はヒューマン・ドラマを象徴する格好の対象なのかもしれない。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。