田中邦衛さんのこと

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田中邦衛さんが亡くなった。『北の国から』ファンとして、悲しいが。大往生という感じがする。合掌。

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すでに多くの人が、田中邦衛論を語っており。TBSラジオ「荻上チキ Session」での、速水健朗さんによる田中邦衛論があまりに秀逸だった。

そう、『北の国から』の黒板五郎として知られる田中邦衛さんだけども、加山雄三の若大将シリーズに青大将(蛇かよ)として出演していたり。『仁義なき戦い』シリーズにも出ていた。『北の国から』の印象とはかなり異なる。

その『北の国から』のテーマ曲の破壊力が半端ないということで話題となった。この曲をかけると、どんな南国でも、北海道のしかも富良野風になってしまう。さらに、作中の名セリフを真似したくなってしまう。即興でつくられたものだそうで。「あ」と「ん」だけで世界を表現している。人間の可能性には、限界がないことに気づく。この作品に、さだまさしのテーマ曲は、ハマる。しかも、どんな喜怒哀楽にもハマるのが素晴らしい。

速水健朗さんのコメントにもあるが、連続ドラマ編のあと、特別ドラマ編というものがあり。どの作品も、同じ人が演じ続けているというのがポイントだ。純(吉岡秀隆)と蛍(中嶋朋子)の成長を確認することができるという。まるで、あまり会わず、しかもSNSをやっていない友人・知人のお子さんの成長を年賀状で確認するかのような距離感である。

『北の国から』は全作品を見たし、田中邦衛さん逝去にともない、「推し北(シリーズの中の好きな作品)」について無駄に熱く語ってしまったが。北海道民として言わせてもらうと、「北海道の雄大な大自然の中での、心あたたまる家族のふれあいと、子どもたちの成長物語」というよくあるこの作品の評価は、私からすると、違う。

いや、間違っていないのだが、あまりに雑なテンプレだ。ローリング・ストーンズ、ポール・マッカートニー、矢沢永吉クラスの、つまり高齢になっても活躍しているロックのレジェンドアーティストについて全国紙が書くときの「70歳をこえても、老いを感じさせず、ステージを駆け抜けた」という「褒めているようで雑」な表現に近い。会場で観ると、衰えを感じることがあるわけで。特に矢沢永吉は、たまに声がでない年があったりした。

道民視点では・・・。「北海道の嫌な部分もちゃんと描いてくれてありがとう」と言いたい。
そう、この作品はたしかに北海道の大自然も、家族のふれあいや子供の成長も描いているが、北海道の冷徹な現実や、道民の気質、しかも決して美しくない点を描いている点が秀逸だ。内地への憧れやコンプレックス、札幌と他の地域の格差、雄大なイメージとは異なる村社会ぶりなどである。農業を含めた経済の厳しい現実も。観光地としてではなく、住む場所として捉えた場合の、過酷な環境についてもそうだ。人が流れていく、すすきのについても。

倉本聰さんは全力で取材をし。北海道や道民の現実をリアルに描いたのがナイスだった。富良野にある資料館にも行ったことがあるが、それはもう、丁寧な取材、設定だった。

さて、あなたの「推し北」は何?

これは難しい。追悼企画で『北の国から ‘87 初恋』が放送されていたが・・・。私は、『北の国から ‘98 時代』かなあ。

蛍が不倫相手の医者との間に子供が出来て。正吉と結婚し。岩城滉一演じる草太兄ちゃんが亡くなるという。ここで、あの草太兄ちゃんが披露宴でのスピーチを練習していたシーン、今ならスマホの自撮りなんだろうなあとか、夢のないことを言ってはいけない。

『北の国から ’92 巣立ち』で裕木奈江が演じるタマ子を純が妊娠させ。五郎さんが富良野からカボチャを持って謝りにくるエピソードも、人々が語りたくなるもので。

資料館で知ったのだが。設定では五郎さんにも若いころ、そのようなことがあり。あのシーンにはそんな伏線が。しかも、『仁義なき戦い』でライバルだった菅原文太に謝罪するという。歴史的謝罪だったな、あれは。「誠意って、なんだね」と。

ちなみに、大学の後輩の若い男女に、連ドラ編に出てくる「さよーならー、1980年!」のマネを、箱根あたりで富士山に向かってさせたことがあって。今なら「北ハラ(北の国からハラスメント)」と言われそうだが。何がなんだかわからないまま、そのときに一緒に叫ばされた男女二人は、その後、交際し、結婚したのだった。やるじゃないか、田中邦衛。

ありがとう、田中邦衛さん。合掌。


編集部より:この記事は千葉商科大学准教授、常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2021年4月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。