慰安婦訴訟却下の判決に仕組まれた文在寅の巧妙な罠

高橋 克己

韓国ソウル地裁が自称慰安婦らによる2次訴訟を却下した翌22日、筆者に届いた米政治誌「Foreign Policy」のニュースレターは次のような書き出しでこの判決を報じていた。他の海外各紙の記事に並ぶ単語もほぼこれと変わらない。

A South Korean court has dismissed a lawsuit against Japan brought by a group of women forced into sexual slavery during World War II.

韓国の裁判所は、第二次大戦中に性奴隷の状態を強制された女性グループによる日本に対する訴訟を却下した。(拙訳による)

韓国ソウル中央地裁の民事15部は21日、自称元慰安婦の李容洙や遺族ら20人の個人が、日本という国家に対して慰謝料を求めた慰安婦損害賠償の2次訴訟で、「国際慣習法の国家免除原則に基づき日本政府は訴訟の対象にならない」と、これを却下する判決を出した。

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同様の訴因による1次訴訟では1月8日、同じソウル中央地裁の民事34部が「日本政府が原告に1億ウォン(約970万円)ずつ支払うべき」との原告勝訴の判決を出していた。部が異なるとはいえ、同じ裁判所が3ヵ月で真逆の結論を下したことになる。

だが、国際社会は相変わらず前記米誌の記事に象徴されるような理解のままだ。本稿ではこの判決が出された背景と、如何にこの海外の誤解を解くべきかについて考えてみたい。

当初は1月の判決直後に出される予定だった2次訴訟の判決がなぜ延期されたかには、様々な憶測があった。この間に起きたことを振り返ってみると、先ずは当然のことながら日本から「主権免除の否定は国際法に違反する」との猛反発があり、新任の姜大使も放置の憂き目に遭っている。

慰安婦絡みでは、ハーバード・ロースクール教授の経済学者ラムザイヤー氏による「慰安婦は年季契約奉公人(indenture servant)だった」との学術論文が公になり、韓国内や韓国系米国人などからの取下げ要求という、およそ象牙の塔に相応しくない「学問の自由」を蹂躙する事態も起きた。

日本の東京と大阪に当たるソウルとプサンの2大都市で行われた、共にセクハラという破廉恥行為で辞職した「共に民主党」所属首長の後任選挙で両与党候補が惨敗、さらに不動産の不正取得疑惑、コロナワクチンや経済での失政などで文大統領のレームダック化が加速しつつある。

これらに劣らず文在寅に影響したこととして、1月6日の投票で選出され、20日に就任式が行われた米国大統領の座に、15年12月の日韓慰安婦合意を斡旋したオバマ政権の副大統領だったバイデンが就いたことも挙げられる。

文在寅は、1月8日の1次訴訟判決後に起こるはずのこれらイベントについて、ラムザイヤー論文の出現を除いては、結果がどう転ぶかは別として予期し得た。それがマイナスに転んだ場合のリカバリーに使うべく2次訴訟を延期させたと考えるのは、文を買い被り過ぎだろうか。

これら負の要因が出揃った3月29日、1次訴訟を担当した民事34部が日韓合意について「国家間の合意があるのだから、『以前と矛盾する言動をしてはならない』という国際慣習法上の禁反言原則に基づき、日本政府に対して強制執行をしてはならない」との説明を行った。

文在寅が手下の金命洙大法院長を使嗾したのはこれに限るまい。民事部の裁判官を交代させ、民事15部に34部と異なる判決を下させたのも、これまでの彼の強引な金命洙の抜擢、曺国と秋美愛の任命や尹検察総長の排除ぶりなどから推して、何ら不思議はないと筆者は思う。

とすれば、2次訴訟判決も文在寅が描いたシナリオによるものかも知れず、ソウル地裁民事15部が主権免除を理由に慰安婦の2度目の訴えを退けたからといって、二重の意味で慰安婦問題の本質が日本の思う通りに解決された訳ではないと、日本は肝に銘じるべきだろう。

それを裏付けるのは、今回の民事15部による判決文が、「慰安婦、慰安所運営は日本政府・軍が公権力を動員したもので、商業的行為でなく主権的行為に該当する」とし、「したがって国家免除原則に基づき韓国の裁判所が責任を問うことはできない」と結論していることだ。

要すれば、主権免除を適用したのは、「日本政府・軍」、即ち日本という国家が「公権力を動員した」からだという。つまり、日本国が公権力を使って人権蹂躙を行ったとの本筋を、巧妙な罠を仕組むようにして主張しているのだ。とにかく韓国はどこまでもズル賢くてしつこい。

これは明らかに日本の望む我々の父祖の不名誉が雪がれるような事態でない。慰安婦の本質は、日本が強制連行したのでも、性奴隷として扱ったのでもないことにこそあるからだ。筆者が「主権免除に逃げるな」、「起訴事実を否定せよ」と1月に書いたのは、真にこういう事態を恐れてのこと。

さらに今回は飽くまで一審で、大法院に行くまでに判決が再び覆る可能性がある。人権侵害を理由に憲法裁判所は慰安婦訴訟での主権免除を否定しているので、大法院がこれに同調する結論を出すかも知れぬ。死に体の文在寅も最後の一手とばかり反日強化に向かうだろう。が、日本はいちいち反応しないことだ。

冒頭の「Foreign Policy」記事には、日韓合意で岸田外相が使った「forced(強制された)」のみならず「sexual slavery(性奴隷)」の語もある。世界中がウイグルの「強制労働」を難じる今、国際社会からこの様に見られている状況を打開することの方が、反日韓国への対応よりもずっと重要だからだ。

日本はこの逆転判決に気を緩めず、クマラスワミ・マグドゥーガル両国連報告や07年の米下院による日本への謝罪決議の撤回、世界各国の慰安婦像とデタラメ碑文の撤去、マグザイヤー論文の擁護、そしてあらゆる機会を通じたこの問題の本質のPRなど、多くのやるべきことを怠けずにやることだ。