三重大麻酔科問題はNHKが報じる単純汚職ではない①

筒井 冨美

2021年4月下旬、中部地区を中心にNHKで「麻酔科医が足りない〜三重大学病院 汚職事件の波紋〜」というドキュメンタリー番組が報道された。(5月7日19:55まで無料配信

要約すると「三重大学付属病院の臨床麻酔部教授が、特医療機器メーカーや製薬会社に便宜を図り、寄付金200万円などの供与を受けたことが発覚し、逮捕された。その後、三重大病院から麻酔科医が大量辞職して、手術に支障をきたすようになった。三重県内全域も麻酔科医不足が深刻で、人口比の麻酔科医数が全国最下位である。研究費の在り方について考え直すべき。」のような内容だった。

akshmiprasad S/iStock

麻酔科医の一人として、この報道には満足していない。三重大麻酔科問題は単なる汚職事件ではない。「三重大学 麻酔科」という数分間のネット検索だけで「教授が手術室出禁」「医局内パワハラ訴訟」「並列麻酔と患者死亡」…等、ザクザクと黒歴史が発掘できる。しかしながらNHKは25分枠の報道番組にもかかわらず、問題の本質に迫る黒歴史をスルーしており、あまりに表層的な報道だったのでがっかりしてしまった。

大学病院を舞台にした汚職事件は数限りなくあるが、多くは関係者が辞職すれば一件落着となる。本件によって三重大のみならず県内全域に医療崩壊が及んだのは、麻酔科において複数の不祥事が十数年間にわたって頻発し、麻酔科医養成が中断していたからである。また三重大麻酔科問題は、医師不足に苦しむ地方医大ならば同様な事件が発生しても不思議はない。よって本稿ではNHKが報道しなかった、地方医大の構造的な病理について解説してみたい。

三重大“臨床麻酔部“とは?

2004年、日本中の大学病院で新研修医制度が始まった(年表参照)。医大卒業したての若手医師は、それまで慣習的に母校の附属病院へ就職し「外科」「眼科」などの医局に直接就職していたのを、「卒後2年間は診療科に属さず、総合的なトレーニングを受けるべき」と制度変更されたのだ。それと同時に、若手医師はドラマ「白い巨塔」が象徴するような封建的な大学病院を敬遠して、都市部の大病院を目指すようになった。表裏をなして、大学病院は医師不足となり、特に地方医大で顕著だった。

三重大学も例外ではなかった。当時のA教授には腕も人望もなく、2005年には部下全員が辞職することとなった。「このままでは手術ができなくなってしまう!」と困った大学病院幹部はA教授の属する「麻酔科」とは別に「臨床麻酔部」を創設し、外部から麻酔科医をかき集めた。同時にA教授には「外来のみ担当、手術室へは出入り禁止」処分が下されたのだ(現在も継続)。

「働かないA教授」「パワハラB教授」「人望あるが製薬会社癒着のC教授」

2009年、X医大で准教授だったB氏が臨床麻酔部教授に就任した。次いで、X医大出身者のX1、X2、X3という3人の麻酔科医が赴任した。しかしながら、B教授はX大学出身者と三重大出身者の扱いを露骨に違えたようで、三重大出身者の辞職が相次いだ。また辞職した元部下がB教授とX1医師をパワハラで訴えて、後の判決で賠償金支払いが命じられた

この頃からインターネットの発達で、就職にあたって病院内情が簡単に情報収集できるようになっていった。不祥事は匿名ブログやネット掲示板などで検索できるので、問題だらけの医局にあえて就職する若手医師は稀となり、同大麻酔科も新規入局者ゼロが続いた。最大七列の並列麻酔(1人の麻酔科医が同時に複数の手術を受け持つこと、日本麻酔科学会ガイドラインでは原則として禁止しているおり、二列はたまにあるが、三列以上は非常にまれ)が常態化し、手術中の急変で患者死亡となるケースも出現した

2016年、三重大麻酔科に新風が吹いた。准教授そして次期教授候補としてC氏が赴任したのだ。心臓麻酔分野では高名な医師であり、人望も厚かったようでNHK番組中でも「面倒見の良い先生だった」と匿名元部下が語っている。やがてはC准教授を慕って就職する若手医師も出現するようになった。

2018年、B教授が定年退職となり、C教授が後任として昇格した。C教授は自分のツテでスタッフを集め、また日本中のトップ麻酔科医を病院に招いてレクチャーしてもらうなど、大学病院らしい教育/研究体制を整えつつあった。麻酔科医師数も増え、危機は去ったかのように見えた。同時に、この頃から三重大ではオノアクト(心拍数を下げる薬品)を大量使用するようになり、更には実際に使用していない症例でもカルテ上で使用したことに見せかけて保険請求するようになっていった。

2020年、C教授は未使用薬品の不正請求で告発される。最初は「部下のD准教授の単独行為」とされていたが、捜査の手が及び両名とも逮捕となった。三重大は再び麻酔科医不足に陥り、病院長は退職したB教授を再びトップに任命した。しかしながら「パワハラ裁判で敗訴」するような人材である。「あの人が戻るなら…」と辞意を表明した部下が多かったが、それに対しても暴言を吐き、その際の録音が全国ネットで放送され、医師辞職は加速した。

2021年現在、三重大に在職する麻酔科医は、B元教授、X3医師、時短女医2名、そして手術室出禁のA教授である。NHKの番組では、麻酔科医が不在のまま手術を行う手術室風景も放送されており、「並列麻酔が常態化/患者死亡」の暗黒時代に戻ったかのようであった。

その②に続く)