独立社外取締役の「シェアリング」にご注意を

遠藤 業鏡

コーポレートガバナンス・コードが6月に改定される。東京証券取引所の再編で生まれるプライム市場に上場する企業は、独立社外取締役(以下、「社外取」)を「取締役全体の3分の1以上」にするよう求められる。

今次改訂で約1,000人の社外取が不足する見通しであり(2020年12月17日の日本経済新聞朝刊)、一人の人物が複数社の社外取を兼任するケースも増えてくると予想される。兼任数の多い社外取は1社に振り向ける時間が減るため、期待されたパフォーマンスを発揮できない恐れがある。

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社外取を「シェアリング」することの潜在的なコストはどのくらいであろうか。以下ではジャーナル・オブ・フィナンシャル・エコノミクスに掲載されたハウサー論文(2018年)を例にとって考察する。

A社がB社を買収するとき、B社の社外取は失職して「暇」になるケースがほとんどである。ハウサーは当該買収と関係がないC社とB社の両方で社外取を務める人物(便宜上「甲野太郎」と呼ぶ)に注目した。

A社によるB社買収という出来事は、C社の社外取でもある甲野太郎氏の労働負荷を軽減してくれるため、C社にとって「天祐」になっている点が重要である。

なぜなら、「暇」になった甲野太郎氏がC社の経営に多くの時間を割いて、コミットメントを強めてくれると期待できるからである。

米国上場企業のデータを用いた分析で、C社のような境遇にあった企業は「天佑」によりROAが0.24~0.26%上昇した。

社外取を他社とシェアリングする場合には、当該人物が自社のROAを0.24~0.26%上昇させるという確信がなければいけないという含意である。

ハウサー論文はB社とC社の距離関係に着目した分析も行っている。B社とC社が遠く離れた場所にあれば、社外取の甲野太郎氏は取締役会への出席などで長時間の移動を余儀なくされていたことになる。そのため、「天佑」が及ぼすC社への好影響は先ほどより大きくなると見込まれる。

結果はこの見立て通りであった。B社とC社が遠く離れた場所にあったとき、「天佑」によってC社のROAは0.30~0.32%も改善した。

日本企業への含意

社外取を3分の1以上にする「良いガバナンス」を実現するため、社外取のシェアリングを野放図に進めれば非効率性を招く恐れがある。

人材不足を補うためとはいえ、シェアリングする人物を遠方から招聘すれば非効率性はさらに増大するというのがハウサー論文の含意である。

このようなエビデンスがあるにもかかわらず、「欧米諸国がそうしているから」という理由だけで「良いガバナンス」をナッジするのは不当であり、有害でもある(ナッジは肘で人を軽く突くという意味の英語。そこから転じてソフトに人々の選択を善導していく規制手法を指す)。

善悪は同じコインの裏表であるため、悪しき面を破壊すると、同時に善き面も破壊してしまうものである。

社内取締役は派閥(腐敗)の温床となるため、悪しき面を持っていることは否定できない。しかし、社内取締役を一掃したり、社外取の「独立性」を強化したりすることで、会社の事情や産業動向に詳しい人物を多く排除してしまう恐れがある。

社外取の増員に当たっては、「欧米諸国がそうしているから」というナッジに流されず、潜在的なコストにも目を向ける必要があろう。

遠藤 業鏡
学習院大学大学院経済学研究科博士後期課程修了。博士(経済学)。日本開発銀行入行後、広島大学客員准教授などを経て2020年から中曽根平和研究所客員研究員。著書『CSR活動の経済分析』(中央経済社)。