とうとう台湾で新型コロナが蔓延し始めた。5月初め、高雄の知人から「台北がヤバイ」との一報が入ったと思ったら、16日まで12人だった死者累計が31日の124人にまで、あっという間に10倍に膨らんだ。筆者が「とうとう」という訳は、それをずっと恐れていたからだ。
ウイルス感染症の何よりの予防策は、体内に抗体を作って身体の免疫を高めることといわれる。人工的な抗体付与であるワクチンが有効な所以でもある。この伝に従えば、今までほぼ完璧に抑え込んでいた分だけ、台湾人には免疫が備わっていないということになる。
WHA(世界保健総会)のオブザーバー参加はおろかワクチン輸入まで中国に妨害された台湾に、日本はアストラゼネカ製ワクチンの提供を申し出た。日本で未承認であるからのようだ。血栓の副反応が云々されるから台湾に流す、といった物言いがあるが、台湾は承認済みなのだから為にする政府批判だ。
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本稿のテーマは台湾のコロナ事情ではなく台湾の独立、それも「英国」、正確には「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」からのスコットランドの独立、いわゆる「Scoxit」に絡めた小考だ。
余り知られていないが英国は、イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドの4つのカントリーで形成される立憲君主国だ。近代では、まず1707年にスコットランド王国とイングランド王国が合併して「グレートブリテン連合王国」が成立した。
約百年後の1801年、そこにアイルランド王国が加わって「グレートブリテン及びアイルランド連合王国」となった。が、百年余り経った1922年、そこからアイルランドの南北分裂によって南アイルランドが分離独立し、現在の「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」が出来上がった。
アイルランドは16年のイースター蜂起(独立蜂起)と、それに続く19年から2年間の独立戦争によって、南側がアイルランド共和国として独立した。北アイルランドは英国に残ったものの、アイルランドと英国のテロも伴う北の領有権争いは、98年のベルファスト合意の後も続いたことが知られている。
そこでスコットランドだが、本年5月6日に投票が行われたスコットランド議会選挙で、独立を目指すスコットランド民族党(SNP)が定数129のうちの64議席を獲得した。過半数に1議席届かなかったものの、これも独立に賛成しているスコットランド緑の党も8議席を得たのだ。
SNPの党首を14年から務め、今回の勝利で4期目となる二コラ・スタージョン第一大臣は、独立派が過半数を占めたことで「独立の可否を問う住民投票のマンデートを再び得た」述べた。14年には独立賛成45%vs反対55%で否認された住民投票の雪辱を期せとの有権者の意思表示、という意味だ。
が、住民投票実施にはウエストミンスター(英国)議会の承認が必要。独立反対のジョンソン首相と政府が拒否する場合、スタージョンには、投票実施を法廷で問うた上で、スコットランド政府として住民投票を立法し強行する(英国議会の承認がないので法的裏付けはない)などの手段が考えられる。
その有効性だが、前者ではBrexitの際、国民投票で離脱多数であっても議会承認なしには離脱できない、との判決が出された経緯がある。住民投票だけで決定する訳でないので、投票実施自体は法に反しないとの見解だ。その上で後者によって賛成多数を得られれば、英国政府への圧力になるということ。
SNPが独立を志向する理由は、イングランド選出議員が多い英国議会の政策がイングランド寄りであることへの不満だ。スコットランドは、以前は中道左派のブレアやブラウン両首相を出した労働党の牙城である一方、ここ10年以上、保守党政権が続いていることも背景にある。
スコットランド政府には医療や教育などで一定の自治が認められるが、一部の税や福祉など生活に係る政策権限は英国政府と議会が持ち、それがスコットランドの民意と異なるという訳だ。Brexitにもスコットランドは反対だった。
だが独立となれば、外交や安全保障から経済、財政、税や福祉まで、一切合切をスコットランド政府と議会が運営することになる。英国から独立した後の国家運営に不安がある訳だ。が、これらを乗り越えて平和裏に英国から独立するとなれば、国際社会への大いなる刺激になるだろう。
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特に衝撃を受けるのは共産中国と台湾のはず。台湾は少なくとも戦後75年間、スコットランドが独立後に不安視する国家運営を粛々と行ってきた。つまり、モンテビデオ条約にいう国家としての次の資格要件のすべてを、首尾一貫満たし続けている実績がある。
その要件とは、永久的住民、明確な領域、政府、そして他国との関係を持つ能力、を持つこと。台湾は、台湾・澎湖諸島・金馬地区と一部の島嶼部において、民主的な選挙によって選ばれた総統・副総統以下の総統府と立法議会とを持ち、軍隊を備えて23百万余の住民を治め、国際社会の一角を占めている。
現在、台湾は、ツバル、マーシャル諸島共和国、パラオ共和国、ナウル共和国(以上、大洋州)、グアテマラ、パラグアイ、ホンジュラス、ハイチ、ベリーズ、セントビンセント、セントクリストファー・ネーヴィス、ニカラグア、セントルシア(以上、中南米・カリブ)、エスワティニ(アフリカ)、バチカン市国(欧州)の15ヵ国と国交を持つ。
他方、蔡英文総統以降に国交断絶した国は、サントメプリンシペ(16年12月)、パナマ(17年6月)、ドミニカ共和国、ブルキナファソ(18年5月)、エルサルバドル(18年6月)、ソロモン諸島、キリバス(19年9月)の7ヵ国で、多くは中国からの財政援助への見返りだ(台湾が国交を失う『本当の原因』とは?李登輝総統秘書早川友久)。
近代史を振り返れば、日清戦争後の1895年に日清講和条約(下関条約)で台湾を割譲された日本は、先の敗戦までの半世紀、台湾を統治した。45年9月2日の「GHQ一般命令第一号」(以下、「命令」)に沿い、台湾の日本陸軍は蒋介石元帥に対して武装解除した。が、これは中国への台湾返還ではない。
51年9月8日に署名したサンフランシスコ平和条約で、日本は台湾を「放棄」した。南樺太と千島列島も「放棄」した一方、朝鮮半島は「独立を承認」し、「放棄」した。従い、台湾も千島列島(と南樺太)も国際法上は「放棄」されたままで、前者は中華民国、後者は旧ソ連が実効支配している状態だ。
蒋と国民党軍による台湾進駐と日本の残地資産接収の根拠は「命令」にあるが、「命令」の根拠は43年11月22日からカイロで開かれたルーズベルト米大統領とチャーチル英首相、そして蔣介石中国国民政府主席による首脳会談を受けて発表された「カイロ宣言」にある。
カイロ宣言は台湾に関して、(米英中の目的は)「台湾及澎湖島の如き日本国が清国人より盗取したる一切の地域を中華民国に返還することに在り・・」としている。が、国際法に則った講和条約に基づく割譲を「盗取」と書くこと自体が、この宣言が無効であるとの証左といえる。
筆者は、台湾が独立を宣言し、間髪を入れず日米欧やインド太平洋諸国がこれを承認するなら、共産中国は台湾進攻を起こせないと考える。その時こそ共産中国は国際社会から完全に孤立し、自壊に向かうからだ。毛沢東ならそんな馬鹿な真似はしまい。その意味でもスコットランドの動向を注視したい。