ハンガリーの首都ブタペストは「ドナウの真珠」と呼ばれ、東欧有数の観光都市だが、同市に「自由な香港通り」という呼称の通り名が出現した。それだけではない「ダライ・ラマ通り」、そして遂には「ウイグル人殉教者通り」まで出てきたのだ。ハンガリーのオルバン右派政権は欧州連合(EU)27カ国の中ではもっとも中国寄りと受け取られ、首都ブタペストは習近平国家主席が推進する新マルコポーロ構想「一帯一路」プロジェクトにも深くかかわってきている。そのブタペストに習近平主席が聞いたら腰を抜かすようなストリート名が出てきたのだ。それも1つ、2つではない。現時点では3カ所のストリート名だが、今後、増えていくかもしれないという。東欧一の観光都市ブタペストに何が起きているのか。以下、説明したい。
まず、読者はハンガリーの首都ブタペストで中国の名門大学、復旦大学の姉妹校が開校されるという話を思い出してほしい。ハンガリー国家イノベーション庁は4月27日、中国上海の復旦大学とオンライン会合で協議し、同大学の姉妹校をブタペスト市に開校することで合意した。ハンガリーのメディアによれば、新校は6000人から8000人の学生を収容し、教授陣は500人。同校は早くて2024年に開校し、人文、社会学、自然科学、技術・医科関連の授業が行われる予定だ(「ハンガリーで中国復旦大学の姉妹校」2021年4月30日参考)。
その中国が誇る復旦大学の姉妹校建設予定地に通じるストリート名が、先の道路名「自由な香港通り」、「ダライ・ラマ通り」、そして「ウイグル殉教者通り」といった名称に改称されたわけだ。オルバン政権が中国共産党政権との間で合意した復旦大学姉妹校の建設反対のデモンストレーションだ。
その中心的人物は、ブタペストのカラーチョニ・ゲルゲイ(Gergely Karacsony)市長(45)だ。同市長は2日、上記のストリート名の改称をツイッターで明らかにした。その狙いは、中国共産党政権の人権弾圧の実態を国民に知らせることだという。
同市長は野党「ハンガリーのための対話」に所属し、2022年の国民議会選ではオルバン現首相に対抗する政治家として注目されているホープだ。19年の市長選でオルバン政党「フィデス」が独占してきた市長ポストを奪い返した政治家でもある。22年の総選挙では6野党を結集させ、反オルバン首相の統一候補者となる考えだという。
中国の大学姉妹校の開校について、ハンガリーのアカデミーや学校関係者からは、「復旦大学は名門エリート大学だが、同時に、中国共産党の管理下にある。学校キャンパスで中国共産党がその無神論的世界観を広げるのではないか」といった不安の声が聞かれる。
学校では中国の少数民族ウイグル人の再教育収容所の実態や香港の民主化運動など中国の人権状況についてはタブーとなり、学校の自治権が蹂躙される、といった懸念がある。今月2日に発表された世論調査によると、ハンガリー人の3分の2は復旦大学キャンパス建設に反対している。中国の情報機関と受け取られている「孔子学院」はハンガリーではELTE大学(エトヴェシュ・ロラーンド大学)を初めとして5つの大学内に既に開校されている。復旦大学姉妹校の開校は中国の情報工作にとっては大きな成果といえるわけだ。
オルバン首相はハンガリー国民議会で過半数を占める与党「フィデス・ハンガリー市民同盟」を土台に、野党を骨抜きにし、批判的なメディアを撲滅し、司法、言論を支配下に置いてきた。ブリュッセル(EU本部)からの批判をものともせず、難民対策ではハンガリー・ファーストを実行。その一方、習主席が提唱した「一帯一路」には積極的に参加し、ロシアにも急接近、EUの対ロシア制裁の解除を要求するなど、独自の外交路線を走ってきた。
ハンガリーは首都ブタペストとセルビアのベオグラード間を結ぶ高速鉄道の建設を進めているが、中国から21億ドル(約2300億円)の融資を受けている。中国側が建設資金の85%を融資し、残りの15%をハンガリー側が出すといった内容だ。
新校の建設費、設備費などは不明だ。オルバン首相は中国共産党指導部との間で、キャンパス建設費は推計15億ユーロ(約2000億円)とされ、中国はそのうち13億ユーロ(約1700億円)を拠出するという。オルバン政権は新型コロナウイルスのワクチンではいち早くロシアと中国からワクチンの供給を受けている、といった具合だ(「ハンガリーの中国傾斜は危険水域」2020年4月30日参考)。
「世界から信頼され、愛される中国共産党」(国営新華社通信)を目指す習主席はオルバン首相に電話して、「復旦大学周辺のストリート名をもとに戻すように」と圧力を行使しているだろう。中国から多額の経済支援を受けてきた手前、習近平氏の願いを拒否できないから、オルバン首相は「公共の安全と秩序の維持」といった名目でストリート名の改称を撤回させることは目に見えている。強権を振るうことは避けたいところだ。国民議会選挙も近づいてきたからだ。ゲルゲイ市長とオルバン首相の一騎打ちは今後、益々エスカレートしていくだろう。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。