ハンガリー国家イノベーション庁は27日、中国の上海復旦大学とオンライン会合で協議し、同大学の姉妹校をブタペスト市に開校することで合意したという。ハンガリーのメディアによれば、新校は6000人から8000人の学生を収容し、教授陣は500人。同校は早くて2024年に開校し、人文、社会学、自然科学、技術・医科関連の授業が行われる予定だ。
ただし、中国の大学姉妹校の開校について、ハンガリーのアカデミーや学校関係者からは、「上海復旦大学は名門エリート大学だが、同時に、中国共産党の管理下にある。学校キャンパスで中国共産党がその無神論的世界観を広げるのではないか」といった不安の声が聞かれる。
学校では中国の少数民族ウイグル人の再教育収容所の実態や香港の民主化運動など中国の人権状況についてはタブーとなり、人工知能の国民監視プログラムなどについても同様の扱いになると受け取られているからだ。学校の自治権が蹂躙される、といった懸念だ。
新校の建設費、設備費などは不明だ。ハンガリーのオルバン首相は中国共産党指導部との間で、ハンガリー側が15億ユーロの建設費を支払うことで合意しているという。そのために、中国国家開発銀行から資金を受けるというのだ。
オルバン政権は4年前、国民議会で採択した高等学校法の改正案に基づきブタペストに拠点があった著名な米国のエリート大学、中央ヨーロッパ大学(CEU)を閉鎖に追い込んでいる。CEUは、ハンガリーのブタペスト出身のユダヤ系の世界的な米投資家、ジョージ・ソロス氏が1991年、冷戦終焉直後、故郷のブタペストに創設した大学だ(CEUは現在ウィーンに移転)。その数年後、今度は中国の復旦大学の姉妹学校を開設させようとしているわけだ(「米投資家ソロス氏対オルバン首相」2017年4月6日参考)。
ちなみに、国民議会で採決された改正案によれば、外国人が開校した学校はハンガリー国内の学校と共に出身国にも同様の学校を開校していなければならなくなる。その条件を満たさない外国大学は学生を受け入れることはできなくなる。ソロス氏は当時、「オルバン政権の政策は欧州連合(EU)の価値観に反する」と批判している。ソロス氏自身、ハンガリー出身だ。
ここまで紹介すると、ハンガリーの中国傾斜が尋常ではないことに気が付く。オルバン首相はハンガリー国民議会で過半数を占める与党「フィデス・ハンガリー市民同盟」を土台に、野党を骨抜きにし、批判的なメディアを撲滅し、司法、言論を支配下に置いてきた。ブリュッセル(EU本部)からの批判をものともせず、難民対策ではハンガリー・ファーストを実行。その一方、習近平中国国家主席が提唱した「一帯一路」には積極的に参加し、ロシアにも急接近、EUの対ロシア制裁の解除を要求するなど、独自の外交路線を走ってきた。
例えば、ハンガリーは首都ブタペストとセルビアのベオグラード間を結ぶ高速鉄道の建設を進めているが、ここでも中国側の経済支援を受けている。中国側が建設資金の85%を融資し、残りの15%をハンガリー側が出すといった内容だ。
中国は、習主席が提唱した新マルコポーロ「一帯一路」構想に基づき、アジアやアフリカで積極的にインフラ整備事業を進めているが、中国から巨額の融資を受けたアフリカ諸国が中国側の政治的影響の拡大に困惑する一方、一部では債務返済が難しくなった国が出ている。国際通貨基金(IMF)は国の経済規模を超えた融資により、デフォルトになる危険が高まると警鐘を鳴らしているほどだ。オルバン政権は新型コロナウイルスのワクチンではいち早くロシアと中国からワクチンの供給を受けている、といった具合だ(「ハンガリーの中国傾斜は危険水域」2020年4月30日参考)。
中国の復旦大学の姉妹校の開校を聞くと、中国共産党の対外宣伝組織とされる中国語教育機関「孔子学院」のことを思い出す。2004年に設立された「孔子学院」は中国政府教育部(文部科学省)の下部組織・国家漢語国際推進指導小組弁公室(漢弁)が管轄し、海外の大学や教育機関と提携して、中国語や中国文化の普及、中国との友好関係醸成を目的としているというが、実際は中国共産党政権の情報機関の役割を果たしてきた。「孔子学院」は昨年6月の時点で世界154カ国と地域に支部を持ち、トータル5448の「孔子学院」(大学やカレッジ向け)と1193の「孔子課堂」(初中高等教育向け)を有している。世界の大学を網羅するネットワークだ。欧米では「孔子学院」は儒教思想の普及や研究とは関係なく、中国共産党のソフトパワーを広める道具と受け取られ出し、「孔子学院」は「トロイの木馬」であり、欧州人の「中国脅威論」を払しょくするための狙いがあるという声が高まってきている(「『孔子学院』は中国の対外宣伝機関」2013年9月26日参考)。
「孔子学院」について調査報告を発表した全米学識者協会のディレクター、レイチェル・ピーターソン氏によると、「孔子学院」の教材には、中国共産党が敏感話題と位置付ける事件や事案については取り上げない。1989年の天安門事件や、迫害政策に置かれる法輪功などは明記がない。また、台湾や香港の主権的問題やチベット、新疆ウイグル地域における抑圧についても、共産党政権の政策を正当化する記述となっている。ハンガリーの学校関係者の懸念は当然なわけだ。
トランプ前米政権が「孔子学院」が中国共産党の情報機関であると暴露したこともあって、欧米に開かれていた孔子学院は次々と閉鎖された。中国共産党政権は欧米の「孔子学院」が閉鎖に追い込まれてきたことを受け、「孔子学院」の名称の変更などを画策する一方、欧州の親中国家ハンガリーで復旦大学の姉妹校を建設することで、宣言活動を拡散する道を模索してきているわけだ。ハンガリーはその意味でパイオニア的役割を果たしているわけだ(「米大学で『孔子学院』閉鎖の動き」2018年4月13日参考)。
なお、ハンガリーでは、ELTE大学(エトヴェシュ・ロラーンド大学)を始めハンガリー全土5つの大学に「孔子学院」が設置されている。復旦大学や精華大学といった中国名門校との協力に力を入れている。直近では、復旦大学の姉妹校以外では、中国の出資により、センメルワイス医科大学に伝統中国医療学科を設立することが発表されている。
蛇足だが、ハンガリーのオルバン政権の中国寄り路線をフォローしていると、1989年10月2日、ハンガリー社会主義労働者党(共産党)政権の最後の首相、ミクローシュ・ネーメト首相とブタペストの国民議会首相執務室で単独会見をした時を思い出す。ハンガリー共産党は当時、臨時党大会を控えていた。ネーメト首相は会見で、「党大会では保守派とは妥協しない。必要ならば新党を結成、わが国の民主化を前進させたい」と決意を表明し、「新生した党は共産主義イデオロギーから完全に決別し、議会民主主義に適応した真の政党づくりを目指す」と強調、旧東欧共産党政権で初めて共産主義からの決別を宣言した。そのハンガリーが32年後、中国共産党政権にすり寄っているのを見ると、ハンガリーの時計の針がいつから逆回りし出したのか、と当惑を覚えるのだ(「『ベルリンの壁』崩壊とハンガリー」2014年11月9日参考)。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年4月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。