スペインのパフォーマンス集団ラ・フーラ・デルス・バウスの一員であるアレックス・オリエ。ラ・フーラ・デルス・バウスといえば、アヴァンギャルドで冒険的な演劇の実験工房として有名だが、オリエの演劇にはそれと異なる古典的なところも見え隠れする。強い理念を実現するために、鉄の仮面を被っているようにも見える。冷静で厳かな声で演劇を語るこの人物は何者なのか。(前編はこちら)
現実は悲劇で溢れている
――オリエさんはとても視野が広く、ジャーナリスティックな観点をお持ちです。個人的な観点というものは、どのように扱っておられるのですか? 幼少期の記憶とか、本能的なものなどです。
アレックス・オリエ氏(以下:オリエ):私自身は小さい頃から恵まれた環境に育ち、とても幸せな育ち方をしたと思います。しかし、いったんテレビを付ければ世の中がどんな状況かわかるでしょう。リアリティは何であるか、世界が向かっているのはどんな方向か、それを考えたときに、必ずしも良い未来ではないと肌で感じます。そのことが私に何かを発信すべきだ、と駆り立てるのです。素敵なオペラを素敵な演出で作って「ああ、面白かったね」と思わせることも出来るのですが、そうではなくて、『カルメン』とは、最終的に人が人によって殺されている話なのです。それは、マチズモ(マッチョイズム=男性優位主義)のストーリーではないでしょうか?
『トゥーランドット』を演出したときも、これは絶対にハッピーエンドではありえないと考えました。同じプッチーニが作曲した『ラ・ボエーム』のミミや『蝶々夫人』のバタフライを見れば、『トゥーランドット』も幸せな結末であるはずがない。権力に取り憑かれたカラフと残酷なトゥーランドットが、平穏に結ばれるはずがないのです。
――『トゥーランドット』で姫がラストシーンで自殺する結末はとても衝撃的でした。トゥーランドットがカラフを殺すラストも考えておられたと聞きます。
オリエ:そうです。しかし、物語に入っていけばいくほど、そのラストは本物ではなくなっていったのです。カラフを殺せば、トゥーランドットは最後まで自分から逃げることになってしまう。トラウマということに関して、精神科医の話も聴きました。トゥーランドットのように、先祖の恐怖がDNAに組み込まれるという例は、実際にあるのだそうです。
――精神科医にも取材されたのですね。
オリエ:何より、かなりの時間をかけて自分との対話を行いました。オペラを演出するということは、自分自身に「なぜ? なぜ?」と問い続けることです。プッチーニは、ビゼーはなぜこのストーリーを書きたかったのか? 時代背景を調べて、徹底的に自分に落とし込んで演出を考えていきます。また、音楽が素晴らしいユニバーサル言語であるということも、演出家の助けになります。目を瞑って聴いたとしても、言語がわからなかったとしても、音楽はすべてを表現しています。何を伝えようとしているのか、音楽がすべて語り掛けてくるので、演出家はそれを聴いて考えるのです。
演出家はカオスに飲み込まれない
――今回の『カルメン』のような画期的な演出には、歌手の皆さんも刺激を受けて意欲的に取り組んでいくのではないかと思います。
オリエ:歌手にとっても演出チームにとっても、とてもチャレンジングだと思います。私が歌手たちに望むのは、「心から来るものを演じる」ということ。リアルであることを望みます。彼ら自身が生きてきた経験の中から伝えて欲しいし、そうでなければ観客には伝わらないと思います。コロナによって、リアリティを完全に出せないという障害はあります。カルメンとホセが久々に再会するシーンでも、キスも抱擁も出来ません。今までなかったルールの中でオペラを作っています。
今回は『トゥーランドット』で一度仕事をしたことのある歌手たちとの再会にもなりました。彼らは私の仕事の仕方を知っているので、心強いです。『トゥーランドット』に参加した多くの歌手が、『カルメン』にも登場します」
――大規模な装置を使うことや、さまざまな演劇面での挑戦も含め、オペラを作るというのは大変なカオスを組織することだと思わずにはいられません。その中で、演出家はどのようにあるべきでしょうか?
オリエ:演出家はカオスをまとめる役なのです。冷静でいることです。オペラはチームでなければ作れません。集団でアイデアを出し合い、クリエイションを完成させていきます。演出家はそのまとめ役なのです。
――冷静さ、なのですね。何度もお聞きしてしまいますが、今回の新国立劇場でのカルメンは『2021年の日本が舞台』ということでよいのでしょうか?
オリエ:はい。それが重要なことではなく、世界中で起こりうることです。スペインとか日本とか、そういうことは重要ではない。日本にもカルメンのような女性はたくさんいると思います。モンゴルにもいるでしょうし、アンゴラにもいるでしょう。いたるところにカルメンは存在するのです」
――オリエさんのその自由さは、どこから来るものなのですか?
オリエ:両親が自由であることの大切さを教えてくれました。親から来ている考えだと思います。戦後のスペインの難しい時代に、子供三人を育てるために父は様々な仕事をしていました。アマチュアですが、演劇や詩の朗読などもして、私をよく劇場へ連れていってくれたのです。そこで自然とオペラに関わるようになっていきました。私も自分の子供たちには、ルールを作るのではなく、まず世界を見て自由とは何かを考えるように教育しています。子供だからといって、幼稚な言葉でムニャムニャと話しかけてはいけないのです。対等に人間として向き合い、本当のことを伝えなくては。今回、新国立劇場で若者のための鑑賞教室でも『カルメン』を上演できることは本当に素晴らしいことだと思っています。彼らは大人が思う以上に聡明ですし、子供の頃からオペラを楽しむということが大切なのです。
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1時間の取材で、ずっと冷静な表情だったオリエ氏。目が合うと顔をそむけられ、嫌われているのかと悲観したが、最後の10分間で身振り手振りが激しくなり、ここから新しい対話が生まれそうな気配もあった。スペインの激動の20世紀を振り返るにつけ、彼の語る「自由」の概念が、我々が考える以上に厳密なものなのだと思わずにはいられない。考える人であり、闘う人であるオリエは、確かに「ゲルニカ」を描いたピカソの国の人だった。
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【新国立劇場ジョルジュ・ビゼー『カルメン』(新制作)】
公演情報はこちらから
【公演日時】
2021年7月3日(土)14:00
2021年7月6日(火)17:30
2021年7月8日(木)14:00
2021年7月11日(日)14:00
2021年7月17日(土)14:00
2021年7月19日(月)14:00
【指 揮】大野和士
【演 出】アレックス・オリエ
【美 術】アルフォンス・フローレス
【衣 裳】リュック・カステーイス
【照 明】マルコ・フィリベック
<キャスト>
【カルメン】ステファニー・ドゥストラック
【ドン・ホセ】村上敏明
【エスカミーリョ】アレクサンドル・ドゥハメル
【ミカエラ】砂川涼子
【スニガ】妻屋秀和
【モラレス】吉川健一
【ダンカイロ】町 英和
【レメンダード】糸賀修平
【フラスキータ】森谷真理
【メルセデス】金子美香
【合 唱】新国立劇場合唱団、びわ湖ホール声楽アンサンブル
【管弦楽】東京フィルハーモニー交響楽団
※7月31日(土)・8月1日(日)