米露会談の勝者は僅差でプーチン:習近平は場外で惨敗

今から半世紀前の7月9日、キッシンジャーは中国(PRC)を極秘訪問した。71年の夏にこうして始まった米中接近は、ベトナム戦争と文化大革命という年来の一大事で夫々疲弊していた米中が、その隙に乗じて覇権拡大を目論むソ連に連帯して対抗するという共通の目的に基づいていた。

米露会談 NHKより

キッシンジャーには、国際社会に馴染んで経済が発展すれば、PRCが民主化するとの期待があった、とよく言われる。一方、キッシンジャーが台湾を見捨てたとの見方もある。が、共和党の台湾ロビーが動き、国交樹立3ヵ月後の79年4月に米国議会は台湾関係法(TRA)を可決した。

米中国交回復から10年余り経ち共産連邦ソ連が崩壊した。が、少し前に天安門事件を乗り切った鄧小平は、政治は共産党一党独裁でありながら経済は資本主義という奇策「ひとり一国二制度」を用い、PRCを超大国に押上げた。斯くてこの異形の国は、ソ連も及ばない覇権主義の権化となった。

かつては斯く米中がソ連の覇権に対抗すべく手を組んだ。では、今回の米露首脳会談がPRCの覇権主義に米露で対抗するためかと言えば、そうではない。それは米国が、中露の親密な関係に手を突っ込んだと考えるのが妥当だ。つまり、米中によるプーチンの抱き込み合いが始まったということ。

反社の盃のやり取り?を髣髴する中露の蜜月は、01年6月の「上海協力機構」(中央アジアでの米国の影響阻止)共同署名、7月の「中露善隣友好協力条約」調印、04年の国境紛争処理や経済・エネルギー協力拡大と進み、10年からのプーチン体制確立と13年3月の習国家主席誕生で拍車が掛かる。

就任したての習は22日にモスクワを訪れ、「包括的戦略的協力パートナーシップを優先課題とする」共同声明をプーチンと発表する。翌14年のロシアによるクリミア併合は中露の仲を一層緊密化させた。欧米各国が対露制裁に踏み切る中、中露はむしろ軍事連携を強化する。

TRAの向こうを張ってロシアはPRCに、戦闘機(S-27型、S-35型)、対空ミサイルシステム(S-300、S-400)、対艦ミサイルなどを供与した。7割がロシア製の新鋭兵器となったことが、人民解放軍の台湾海峡や南シナ海における対米軍事バランスに変化をもたらしていることは間違いない。

一方のPRCも、クリミア進攻に対する欧米諸国の制裁で調達し難くなったエレクトロニクス製品などをロシアに供給した。またソフトの面でも、中露は合同軍事演習を活発化させ、昨年12月の中国軍機4機とロシア軍機15機による韓国防空識別圏への進入は記憶に新しい。

これらの実績からか、22日の環球時報を読む限りPRCは今回の米露首脳会談に平静を装っているようだ。記事は、趙立堅報道官が中露の戦略的パートナーシップを「全次元」で「全天候」とし、「The sky is the limit for down-to-earth China-Russia cooperation(中露はまだしっかり協力できる)」と述べたと報じた。

PRCは対露関係で後者の言い回しを好んで使うようで、王毅外相が大統領選を控えたロシアとの関係を同じ表現で述べているのを18年3月の新華社が報じていた。左様にネット社会は恐ろしく、PRCが使う常套句をいとも容易く炙り出す。

前掲の環球時報は、首脳会談で再赴任が決まったアントノフ駐米露大使が持ち掛けて崔駐米中国大使と会談し、アントノフが「露中には戦略的パートナーシップと友好関係があり、誰も楔を打ち込めない」とあり、PRCへのケアも抜け目がない。が、他も中露の絆を示す識者の言が満載で、筆者は却ってPRCの不安を垣間見る。

というのも、17日の新華社電が「プーチンはバイデンと会った後、米国で激しく非難する」との表題記事を載せたものの、読むとプーチン発言は「敵意は全くなかった」、会議は「オープン」で「圧力はなかった」。両者は「多くの点で異なる」が「互いを理解し、近づく方法を模索する意欲を示し」、「建設的」だったと書いてある。羊頭狗肉の内容は願望の表れか。

バイデン発言も拾うと、「民主的な主権を侵害したり、民主的な選挙を不安定にしたりする試みを容認しないことを明確にした」、「私がプーチン大統領に言ったように、肝心なのは、私たち全員が従うことができるいくつかの基本的なルールが必要ということだ」など。

他には「彼(プーチン)が目下、最も望んでいないことは、米国との冷戦だ・・私は彼が米国との冷戦を望んでいるとは思わない」と述べる。余談だが、この前段は「The last thing he (Putin) wants now is a Cold War with the U.S.」で、AIは「彼がいま望んでいる最後のものは米国との冷戦だ」と逆の意味に翻訳する(桑原、桑原)。

記事の最後は、プーチンが「核戦争に勝つことはできず、決して戦うことはできない」ので、双方は「近い将来、統合された二国間の戦略的安定対話に着手する」、「将来の軍備管理とリスク削減措置の基礎を築く」ことを目指していると述べた、と結ばれている。

共産党機関紙「人民日報」系の環球時報と中国公営放送新華社の記事は、そのまま習近平の口からでたものと考えてよい。そこの書かれた自分を慰めるような文章を読むと、やはり、この首脳会談がPRCにもたらす影響への不安は隠し切れないようだ。

こうしてみると引っ張り凧のプーチンは面目躍如、米中を天秤にかけてやりたい放題ではなかろうか。これも大量の核兵器や軍事力、そして豊富な石化資源を持つからか。その点、同じような経済規模で、同じように米中の間を蝙蝠宜しく飛び回る韓国だが、地理的条件だけが武器では力不足。

プーチン発言からも、バイデンにとってもこの会談が成功だったと窺える。米国は今回も先の米中外相のアラスカ会談と同様、事前にG7やNATO・EUとの首脳会談を行なうというステップを踏んだ。バイデンがそれを指示したか、側近が心配してそうしたかは定かでないが。

バイデンは3月、インタビューで「プーチンは人殺しと思うか」と聞かれ「I do」と答えた。が、日頃の耄碌ぶりが功を奏したのか問題にならなかった。Nord Stream 2の制裁を解いたことにも、バイデン政権の深慮遠謀が窺える。制裁解除を非難されるリスクを冒しても露独に良い顔が出来た。

実はロシアはNord Stream 2建設を必ずしも急いでいないらしい。最大需要先である独向けのガスパイプラインはNord Stream1とTurk Streamがある他、欧州向けにベラルーシ-ポーランド、トルコやフィンランド経由のインフラがあるからだ。が、米国の制裁解除はプーチンに有難かろう。

プーチンが11日にNBCのインタビューで語った人物評も傑作だ。トランプを「並外れた個人で才能のある個人である信じている。そうでなければ大統領にならなかったろう」、「彼はカラフルな人物だ。貴方が彼を好きか嫌いか知らないが、エスタブリッシュ出でないし、それまで政治に参加したこともない。それは事実だ」と評した。カラフルには「華麗な」と「乱暴な」の意味がある。

バイデンについては、「勿論、彼はキャリアマンなので、トランプとは根本的に違う」、「彼は実質的に成人してからの大半を政治に費やした…別の種類の人物だ。いくつかの長所と短所があるが、現職大統領として衝動に基づく行動がないことを願っている」と述べた。

プーチンはPRCと一緒に西側諸国に包囲されるなど真っ平だろうし、かといってPRCの恨みも買いたくない。そこを見越してバイデンが恍惚を装いツンツンと突いた図ではなかろうか。いつも仏頂面の習と違って、バイデンにはスリルが、プーチンにはウイットがあって楽しみだ。