米イランの核交渉はいよいよ大詰めを迎えてきた。イランのガリバフ国会議長は27日、国際原子力機関(IAEA)への核関連施設の査察情報の提供を停止すると表明した。その結果、IAEAはイランの核関連施設の査察情報へのアクセスが途絶え、イランの核開発の全容掌握が益々難しくなる。それに先立ち、18日の大統領選で当選した保守強硬派のイブラヒム・ライシ司法府代表は当選直後の記者会見で、「バイデン米大統領と首脳会談する意向はない」と強調したばかりだ。一方、米国防総省は27日、米軍がシリア2カ所とイラク1カ所にある親イラン民兵組織「神の党旅団」の武器庫を空爆したと明らかにした。新イラン組織がイラクで米関連施設を襲撃した報復だという。
ウィーンに本部を置くIAEAでは核合意締結国がイランの核合意復帰に向けて協議を重ねている。ロシア代表は、「交渉は大詰めを迎え、合意に向かって進んでいる」と楽観的な見通しを述べる一方、米国代表は、「まだ乗り越えなければならない問題がある」と慎重な姿勢を崩していない。
イラン核協議は国連常任理事国5カ国にドイツを加えた6カ国とイランとの間で13年間続けられた末、2015年7月に包括的共同行動計画(JCPOA)が締結された。しかし、トランプ米大統領(当時)が2018年5月8日、「イランの核合意は不十分」として離脱を表明。それを受け、イラン側は濃縮ウラン活動を再開し、核合意の違反を繰り返してきた。
イランは19年5月以来、濃縮ウラン貯蔵量の上限を超え、ウラン濃縮度も4・5%を超えるなど、核合意に違反。19年11月に入り、ナタンツ以外でもフォルドウの地下施設で濃縮ウラン活動を開始。同年12月23日、アラク重水炉の再稼働体制に入った。イランは昨年12月、ナタンツの地下核施設(FEP)でウラン濃縮用遠心分離機を従来の旧型「IR-1」に代わって、新型遠心分離機「IR-2m」に連結した3つのカスケードを設置する計画を明らかにした。そして、今年1月1日、同国中部のフォルドゥのウラン濃縮関連活動で濃縮度を20%に上げると通達。2月6日、中部イスファハンの核施設で金属ウランの製造を開始している。4月に入り、同国中部ナタンツの濃縮関連施設でウラン濃縮度が60%を超えていたことがIAEA報告書で明らかになっている。
ちなみに、イラン革命防衛隊(IRGC)は5月21日、迅速な移動や配備・定着能力を持つレーダーシステム「ゴッツ」(Quds)、敵側の戦闘機、巡航ミサイル、無人航空機に対し近距離で迎撃できる地対空ミサイルシステム「9thDEY」、そして無人機などを初公開した。「ガザ」と命名された大型無人機は監視用、戦闘用、偵察任務用と多様な目的に適し、連続飛行時間35時間、飛行距離2000km、13個の爆弾と500kg相当の偵察通信機材を運搬できるという。イラン問題と言えば、核問題を即考えるが、イランのミサイル開発、そして通常武器体制の急速な近代化、高性能化が中東地域の安定を脅かす懸念材料となっている(「イラン問題は核合意だけではない」2021年5月24日参考)。
イランの核合意問題で大切な点は、米国もイランも交渉の目的は変わっていないことだ。米国はウィーンの核合意への復帰条件として、①テヘランの核開発計画を停止し、核合意締結前に戻す、②イランの中東地域(シリア、イエメン、イラク、レバノンなど)でのテロ組織への軍事支援を中止させる―の2点だ。一方、イラン大統領選で当選した強硬派のライシ師は米国との軍事衝突を願っていない。目的は米国の対イラン制裁、金融制裁、原油輸出禁止など制裁の全面的解除を勝ち取ることだ。それを実現させない限り、イランの国民経済は破綻することをライシ師は知らないはずがない。どうしても米国と妥協を模索せざるを得ないのだ。
米政府の制裁再発動を受け、通貨リアルは米ドルに対し、その価値を大きく失う一方、国内では精神的指導者ハメネイ師への批判まで飛び出すなど、ホメイニ師主導のイラン革命以来、同国は最大の危機に陥っている。そこに中国発の新型コロナウイルスの感染が広がり、国民は医療品を手に入れることすら難しくなっている。国民の不満がいつ暴発してもおかしくない状況だ。大統領選で投票を棄権した多くの国民は政治に無関心になってきている。ライシ師が国民経済を早急に再生しない限り、イランの国力は衰退してしまう。
米イラン交渉のポジションと目標はその意味でトランプ政権からバイデン氏に代わっても、ロウハ二大統領からライシ次期大統領になっても変わらない。両国は交渉を有利に進めるために様々な外交戦を舞台裏で展開させているはずだ。
バイデン大統領はイスラエルのベネット新首相との会談を急いでいる。米国はネタニヤフ首相からベネット新首相に代わったイスラエルとの意見の調整が急務だからだ。米国が対イラン政策で不都合な妥協に走らないようにイスラエル側は警戒している時だ。
ベネット政権にとってもイランの核開発計画問題は最大の外交問題だ。イランの核開発はサウジアラビア、エジプトにも波及するから、イランの段階で核開発を止めない限り、中東には核開発を目指す国が続々と出てくる危険性がある。中東で唯一の核保有国イスラエルの軍事的優位性を維持するためにもイランの核開発は停止させなければならない(「サウジとイランが接近する時」2021年4月29日参考)。
イラン南部のブシェール原子力発電所で今月20日、「技術的な故障」が発生した。そして首都テヘラン郊外カラジにあるイラン原子力庁の核関連施設で23日、小型のドローン(無人機)による攻撃を受け、ウラン濃縮に必要な遠心分離機の製造施設に大きな被害が出たという。昨年11月27日にはイラン核計画の中心的人物、核物理学者モフセン・ファクリザデ氏が何者かに襲撃され、搬送された病院で死去する事件が起きている。いずれもその背後にはイスラエルのモサド(イスラエル諜報特務庁)の工作説が聞かれる(「『イラン核物理学者暗殺事件』の背景」2020年11月29日参考)。
バイデン政権がイランの核開発計画をストップできないと分かれば、イスラエルは軍事力を行使して冒険に出る可能性も排除できない。そうなれば、イスラエルとイランの軍事衝突という最悪の事態が生じる。バイデン政権はイスラエル側の自制を得るためにも、イランとの交渉では中途半端な妥協はできないわけだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年6月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。