カリフォルニアの空が青から赤へ?:知事リコール騒動

高橋 克己

あいちトリエンナーレでの企画展をめぐる大村愛知県知事のリコールは、署名数が足らずに不発に終わったばかりか、リコール団事務局長が不正署名に絡む地方自治法違反の容疑で起訴される事態になった。人間関係などを含め何かと謎の多い事件のようだ。

リコールといえば台湾でも昨年6月、高雄市長に就任して1年も経たないのに総統選で蔡英文に挑戦した韓国瑜が、圧倒的多数でリコールの憂き目に遭った。筆者はその際、愛知県知事リコールについて少し調べたことがあり、なおさらこの事件の真相解明が待たれる。

さて、太平洋を隔てたカリフォルニアでも、どうやら州知事がこの秋にもリコール選挙に晒されそうだ。話題の主は19年1月にカリフォルニア州知事に就任した民主党所属のギャビン・ニューサム。因みに同州の有権者の数約2千万人で、愛知県の6.1百万人のほぼ3倍だ。

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ニューサム・リコールの取り組みは、民主党知事らしい彼のリベラル色の強い移民対策、ホームレス対策、固定資産税制などに不満を持つ共和党系の「カリフォルニア愛国連盟」などが、彼の就任以来すでに5度試みたが、何れも不調に終わっている。

カリフォルニア州の政治志向は空の色と同じ「青」で、カマラ・ハリス副大統領、ナンシー・ペロシ下院議長、中国女性のハニトラに遭ったエリック・スウォルウェル下院議員など民主党の金城湯池。そこで3割に満たない共和党支持者:「赤」はリコール制度に目を付けて、取り組んで来た。

そこへ降って湧いたようなコロナ禍。共和党に比べて厳格なコロナ対策を取る民主党の例に漏れず、ニューサムも厳しい規制を布いた。が、住民には巣籠りを強いながら、高級レストランでマスクレス会食している写真を撮られ、これが市民の怒りに火をつけリコールの流れに棹を差した。

さらに飛び火したか山火事は起きるは、停電は起きるは、ニューサムに悲劇が重なった。とりわけコロナ対策では、COVID-19ワクチン接種の展開、学校の閉鎖、公衆衛生規則の変更などの政策に対する不満によってリコールの声は弥が上にも高まった。どこも似たり寄ったりだ。

山火事についてバイデンは6月30日、西部知事との会議で「定期的なサイクルになりつつあり、悪化していることを私たちは知っている」が「山火事は党派的な現象ではない」と述べた。北米西部は目下、強烈な熱波にも襲われており、気候変動にご執心のバイデンにはfollow windだろうが、ニューサムにはagainstか。

そのリコール署名だが、活動を展開する「リコール・ギャビン2020」は21年2月15日、署名数が実施に必要な約150万件に達したことを公表した。その後も無効署名が出ることを予想して署名を続け、3月17日に締め切った最終数は2,117,730件に達した。

これを受けてカリフォルニア州選挙当局は4月26日、「投票用紙を作成するのに十分な有効署名を獲得した」と発表する。その後、4月28日に署名が締め切られ、30営業日にわたる署名取り下げ期間を経た後、6月8日に署名総数が確定した。

州務長官の発表によれば、リコール選挙の実施に必要な署名数1,495,709件に対し、取り下げ43件を引いた後の検証済数は1,719,900件で、リコール選挙を実施する数を満たす。最終数との差し引きから推すと、40万件弱(約19%)が無効署名だったようだ。

愛知県のそれと比べると無効署名が圧倒的に少ないようだが、一つには「〇〇丁目XX番地△△号」と正確に書かないと無効になる厳格さがあると思われる。加えて、愛知の必要署名数が有権者の約14%なのに対し、カリフォルニアのそれが約7.5%とハードが低いという彼我の差もある。

が、何より大きいのはカリフォルニアや高雄では、それぞれ共和党と民進党という対立政党が組織ぐるみで取り組んだのに対して、愛知県のそれは、義憤に駆られた一部市民が手弁当で行った運動だったことに自ずと限界があったのではなかろうか。

そこで、現職のリコール投票と後釜の投票とを1枚の投票用紙で一度にやってしまうという超合理的なカリフォルニアのリコール選挙は、署名提出後、副知事が州財務局に費用を確定させてから60日から80日以内に行う流れとされる。

が、28日の地元紙Sacramento Beeは、予算検討期間の30日を経ずとも、議会が「合理的に必要」と判断する費用が確保すれば検討を終了できるという法案を議会が可決し、ニューサムが即座に署名したと報じている。60日後なら8月末だが、早けれ8月初めもあり得る訳だ。

記事によれば、民主党多数の議会は即刻2億1500万ドルを収めたそうだ。どういうことかといえば、ワクチン効果もありコロナの状況が好転している今のうちに選挙をしてしまう方が、ニューサムに有利に働くと考えているとのこと。が、山火事や熱波がどう影響するのだろうか。

カリフォルニア州知事といえば「ターミネーター」で有名な筋肉俳優アーノルド・シュワルツェネッガーを思い出すが、過去54回あったカリフォルニア州知事のリコールが唯一成功した際の後釜が03年のシュワルツェネッガーだったそうだ。

今回、共和党は76年のモントリオール五輪の十種競技金メダルのケイトリン・ジェンナーを候補に立てる予定だ。ジェンナーといえば数人の妻との間に10人の子供がいるが、60代半ばでトランスジェンダーであると公表し、今は女性。この一連の出来事、現在の米国を象徴して余りある。