東京五輪開催まであと約10日というタイミングで、ホワイトハウスはジル・バイデン大統領夫人が開会式に参加すると正式発表しました。
当初の報道通りとはいえ、日本としてはバイデン大統領ご本人にも訪日して頂きたかったところですが、緊急事態宣言中とあって、ジル夫人が出席して下さるだけでも御の字でしょう。
過去を振り返ると、大統領夫人単独の五輪開会式の参加は異例ではありません。2012年のロンドン五輪ではオバマ大統領の妻、ミシェル夫人が出席し、閉会式にはライス国連大使が姿を現しました。2016年のリオデジャネイロ五輪の開会式ではケリー国務長官を、閉会式にはマッカーシー環境保護長官(現在の気候変動対策担当の大統領補佐官)を派遣。2018年の平昌冬季五輪ではペンス副大統領夫妻が顔をそろえ、閉会式にはトランプ大統領の長女イヴァンカ氏が花を添えましたね。
今回、バイデン氏が出席を見送った理由は主に2つ考えられます。
まず、米大統領は過去を振り返って、自国開催以外、五輪の開催式に慣例として概して出席しておらず、今回もその伝統に倣ったと言えます。1984年のロサンゼルス五輪でレーガン大統領が登場したものの、その前のモスクワ五輪に選手団を派遣せず完全にボイコットした結果、報復としてソビエト連邦を含む東側諸国が不参加となりました。1996年のアトランタ五輪では、クリントン大統領が出席。NBCによれば、海外で開催された五輪に初めて参加したのはブッシュ大統領(息子)で、北京開催という事情から、人権問題を背景に大いに物議を醸しましたよね。なお、当時は福田首相のほか、サルコジ仏大統領、ラッド豪首相、英国のアン王女、そしてプーチン露大統領など各国首脳陣が勢ぞろいしていました。
もうひとつは、北京冬期五輪を見据えた動きと捉えられます。米国で対中好感度が過去最低で、かつ共和党や非営利団体を軸に北京五輪ボイコット運動が展開されるなか、バイデン氏が出席せずとも中国の面子が保てるよう配慮したのではないでしょうか。同盟関係にある日本で開催される五輪開会式ですら参加しなかったとあっては、中国側の顔を潰さずにすみますからね。その上、中間選挙を控え米国内の批判も抑えられ、高偏差値のバイデン政権らしい非常に奥ゆかしい決断と言えるでしょう。
気になる北京冬期五輪をめぐっては、米国を含め各国も態度を決めかねる状況です。米国は、2月にサキ報道官が説明した通りで態度を保留中。ジョンソン英首相は7日に「常日頃から、ボイコットに対し本能的に反対」と発言、英国らしい玉虫色の発言で記者を煙に巻いていました。6月のG7で開催時には、今年のG20議長国であるドラギ伊首相が中国と「率直な関係」を保つべきと語っており、中国と対話の余地を残したい意志が垣間見れます。パリ五輪を予定するマクロン仏大統領は東京五輪の開会式への出席は表明済みのところ、北京冬期五輪の参加について表立って言及していません。ただ、5日の仏独中首脳によるビデオ会談で、習主席は北京冬期五輪とパリ五輪の開催をめぐる協力を仏独に求めていました。メルケル独首相はその頃に引退しておりますが、後継者とマクロン仏大統領は難しい決断が迫られることでしょう。なお、欧州議会は7月8日、人権侵害の観点から北京冬期五輪に政府代表団の派遣見送り決議案を578票対29票(73票は棄権、EU議会は705議席)で可決していますが、この決議に拘束力はなく、各国の裁量に任されます。
北京冬期五輪については、既に各国政府の思惑が交錯しているに違いありません。訪日中のバッハIOC会長が「most importantly also for the Chinese people」と言及したのも、こうした複雑な情勢を反映したのでしょうか。
編集部より:この記事は安田佐和子氏のブログ「MY BIG APPLE – NEW YORK –」2021年7月14日の記事より転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はMY BIG APPLE – NEW YORK –をご覧ください。