官民の本質的な違い‐官とのコミュニケーションのための必修科目‐

役所をやめてから、千正は2年近く、西川は4か月近くたちました。官僚時代から、民間の方とは積極的に対話をしてきて、官民の違いを強く意識してきましたが、自分たちが実際に民間の立場に立ってみて、よりその違いを深く感じる日々です。

だからこそ、両方を知る自分たちは、翻訳機能を果たしていかなければという思いを、日々強くしています。

SakuraIkkyo/iStock

民間の皆さんが、役所の人とコミュニケーションを取る中で、

「何を言っているか理解できない」
「なんで、こんなに方針を変えるのをいやがるんだろう」
「動きが遅いな」
「組織や仕事のやり方が硬直的で非効率だ」

などと思ってしまうこともあるのではないでしょうか。

あるいは、新卒で霞が関に入った方や、自治体や民間企業などから出向という形で霞が関に飛び込んだ方、最近増えてきている中途採用で入った方なども、霞が関の仕事のやり方や文化に戸惑うことも多いのではないでしょうか。

確かに、霞が関には、旧態依然としたやり方を変えにくい面があります。官民問わずですが、歴史のある巨大組織、かつ、年功序列の組織で外部登用の少ない組織の場合、昔のやり方に慣れた人が意思決定をする権限を持っている幹部層に多くいて、仕事のやり方や組織文化を変えにくいという共通の課題があります。

時代に合わなくなった仕事のやり方や組織文化は、どんどん変えていかないといけません。

そのためにも、霞が関は民間との交流を増やす仕組みをどんどん導入しています。官民交流や国家公務員の兼業、中途採用や出戻りも増えています。業務時間の中で、民間との自発的な交流を認める省庁も出てきています。

AIや自動運転などの新しいテクノロジーへの対応、気候変動、孤独対策など民間の力を活かさないといけない政策課題も増えています。デジタル化などによる公的サービスの効率化、政策情報の正確な伝達なども、民間にあるノウハウを、どんどん取り入れていかないとうまくいきません。

民間側からも、新しいビジネスを進めようとしたり、ある程度の規模になって大きく拡大したりするフェーズになると、どうしても規制など政策の壁にぶつかることがあります。政策との連携の必要性も高まっていて、いわゆる政府渉外のような機能を強化している企業もたくさんあります。

企業以外にも、社会課題を解決しようとするNPOなどのソーシャルセクターの方々の中にも、政策への働きかけを強化している人たちも増えてきていると感じます。

暮らしやすく、活力のある社会を創り続けていくためにも、今ほど民間からの政策提案能力が求められている時代はないのではないかと思います。

もちろん、霞が関が旧態依然とした仕事のやり方や文化を変える必要は間違いなくあります。僕たちが霞が関の改革の活動をしているのも、そういう理由です。

ただ、これは断言できますが、霞が関が変わったとしても、民間と全く同じようにはなりません。

それは、仕事の本質が大きく異なるからです。

官民が対話や協働を進めるに当たっては、この本質的な違いを双方が理解しないと、絶対にうまくいきません。

なんらかの形で省庁と付き合う方々が、

  • 何を言っているか理解できない
  • なんで、こんなに方針を変えるのをいやがるんだろう
  • 動きが遅いな
  • 組織や仕事のやり方が硬直的で非効率だ

と思うようなことがあれば、ぜひ今回のNoteを読んでいただきたいと思います。

大分、話が通じるようになると思いますし、できない理由や時間のかかる理由が理解できれば、それを前提にどうすればよいかという戦略も考えられるようになると思います。

内容は正しいのに要望を理解してもらえない、実現できないような提案にこだわり時間と労力を浪費する、せっかく霞が関に入ったのに自分の専門性が活かされない、そんなことが確実に減ると思います。

1. 民間事業と政策の本質的な違い  ①お客さんが商品を選べない

民間事業と政策の本質的な違いを図にまとめて見たので、ご覧ください。
これは、私たちが講演や企業研修などの機会に必ず使っているスライドです。

官民違い

根本的な違いを一言でいえば、

  • 民間の製品やサービスは、お客さんが選べる。
  • 政府の政策は、お客さんが選べない。

ということです。

例えば、携帯電話をお店に買いに行く場合は、スマホかガラケーか、iPhoneかAndroidか、値段が高いけど高機能なもの、安くてシンプルなものなど色々な製品がありますよね。そういう選択肢の中で、納得して選んで買いますね。

一方で、政策の方はどうでしょうか。政策にも色々な種類がありますが(詳しくは第1回の記事を見てください)、一番分かりやすいのは法律です。

例えば、飲酒運転を禁止する道路交通法という法律がありますね。これは、ひとたび法律として成立すると、この国で生活する人全員に強制的に適用されます。「僕は、酒に強いから多少飲んでも、全く運転に問題がないから適用しないでくれ。」ということは言えないわけです。

2. 民間事業と政策の本質的な違い  ②ほしくなくてもお金を払う

お客さんが商品を選べないということに加えて、もう一つの本質的な違いは、誰がお金を払うかです。

民間の製品やサービスは、当たり前のことですが、それを欲しい人がお金を払いますよね。

役所が商品である政策は違います。製品やサービスの受け手とお金を払う人が違うんです。

例えば、今3歳から5歳までの保育園は無料になっていますが、これは保育園児のいない多くの家庭や企業など直接関係のない人たちからも集めた税金でその費用を賄っています。

先ほどの例で言えば、飲酒運転を禁止する道路交通法という商品があった時に、それを取り締まる警察官の給料も刑務所の運営費も税金です。

3.役所の仕事は全国民に強制的に一つの商品を押し売りすること

・お客さんが商品を選べない
・商品がほしくなくても、お金は払わないといけない

これが、民間のビジネスと役所の政策との本質的な違いです。

言ってみれば、日本に一つしかない商品を全国民に押し売りしているようなものなのです。

ちなみに、なぜそういう、一見あこぎな商売が必要かというと、そうしないと目的が達せられない社会課題があるからです。

例えば、飲酒運転の禁止も、禁止したい人だけがするということにすると、車に乗らない人もいつ暴走車にひかれるか怖くて仕方ないですよね。

保育園も全額自己負担で運営すると、ざっくりですが、3歳から5歳の場合は毎月10万円くらい払う必要が出てきます。乳児なら20万円くらい必要です。そんな費用を捻出できる家庭は一握りですね。みんなで子育てを応援することで、誰もが安心して子育てできる環境をつくれますし、次世代が社会を発展させてくれることにつながります。

強制的に一つしかない商品を全国民に押し売りしている役所と、お客さんが選んで納得してお金を払う中で活動している民間とでは、ビジネスのルールが違うので、考え方や仕事の仕方、文化などが大きく変わってきて当然なのです。

官と民の本質的な違いと、それを理解する必要性を感じていただけたでしょうか。

有料部分では、
・全国民に押し売りする一つしかない商品の開発プロセス
・民間と本質的に違う官が置かれている立場や行動原理の解説
・民間の立場から官と対話する際に気をつけること
について、お伝えしていきたい
と思います。

【有料部分の目次】
4. 政策は、使う時に選べないから商品開発段階で社会的合意をとる
5. なぜ、官は現状をなかなか変えたがらないのか
6. なぜ、官はスピード感がないのか
7. なぜ、官は横並びを気にするのか
8. なぜ、官はハッキリものを言わないのか
9. なぜ、官は0から1をつくれないのか
10. まとめ


編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2021年7月16日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。