日本国憲法のもとに教育基本法が制定され、その下に学校教育法などがある。学校教育法は、小学校に対して「生涯にわたり学習する基盤が培われるよう、基礎的な知識及び技能を習得させるとともに、これらを活用して課題を解決するために必要な思考力、判断力、表現力その他の能力をはぐくみ、主体的に学習に取り組む態度を養うことに、特に意を用いなければならない」と求めている。
基礎的な知識等を習得し思考力等を育んだなどと認められると、子どもは進級・卒業する。学校教育法施行規則は「小学校において、各学年の課程の修了又は卒業を認めるに当たつては、児童の平素の成績を評価して、これを定めなければならない」としている。
当たり前のことをくどくど説明したように思うかもしれない。その通り、当たり前のはずだ。小学校で教員が児童の平素の成績などの学習記録を取得し、それを基に評価するのは、法令に基づく必要不可欠な活動である。
しかし、成績は児童の氏名や住所などに紐づけられているので、個人情報に相当する。この点について、最近問題が起きている。
2005年に個人情報保護法が全面施行された際、文部科学省は学校での個人情報の扱いについて指針を公表した。当時は、国立学校については「独立行政法人等の保有する個人情報の保護に関する法律」が,公立学校については各地方公共団体が定める条例が適用されるという仕組みだったので、指針のタイトルは「学校における生徒等の個人情報の適正な取扱いを確保するために事業者が講ずべき措置に関する指針」、つまり私立学校に対する指針であった。
指針は「生徒等に関する個人データは、その取扱いについての権限を与えられた者のみが業務の遂行上必要な限りにおいて取り扱うこと」を求めている。同省による指針解説では「生年月日、住所、電話番号、電子メールアドレス、印鑑の印、性別、学籍番号、学校の成績、人物評価、科目履修表のような、特定の個人の属性や所有物、関係事実等を表す情報であって、それらの情報とその個人の氏名等とが容易に照合できる結果、 特定の個人を識別することができる情報」はすべて個人データである。
個人データ取得には、児童生徒は未成年者なので、親権者による事前同意が必要になる。しかし、指針解説での事前同意に関する例示は「クラス名簿を作成し、クラスに配布する」等に限られている。教員が学習記録を取得することについて事前同意が必要とは書かれていない。
地方公共団体は所管の公立学校に関して、私立学校対象の指針を参考にして、個人情報法の取り扱い規則を定めた。例えば、栃木県宇都宮市教育委員会は2006年に「宇都宮市立小・中学校における個人情報保護の取扱い」を定めたが、事前同意が必要と例示されているのは卒業アルバムへの住所氏名の記載などで、学習記録の取得に関する記載はない。ほかにも、いくつかの地方公共団体も調べたが同様であった。
それでは、児童生徒にタブレット等を配布し学習に利用した際に発生する、操作ログはどう扱われるのか。
2006年当時はアナログだった学習記録がデジタルで記録された操作ログに変わっただけだから、同等の扱いで当然だと考えたが、個人情報保護を優先する人々は異なる考えのようだ。
名古屋市教育委員会が、小中学校に配布を進めているタブレット端末の使用を一時中止するという事態が、6月に起きたのである。
教育委員会はタブレットから操作ログを取得することについて事前に同意を得ていない点について条例違反の恐れがあると危惧して、急いで使用中止を決めたようだ。しかし、操作ログも学習記録であって指導や評価に利用されるのだから、今までの教育の中では事前同意不要として扱われてきたものだ。
アナログがデジタルに変わっただけで、個人情報保護を優先する対応に変わるのはおかしな話だ。教育委員会は過剰反応である。
なお、この質問をした市議会議員は、「操作ログを取得するために独自のサーバーを26億円もかけて設置するのはおかしい」という点を指摘したかったようだが、この点について教育委員会からの説明はないという。
きちんと法的に対応しようとするのであれば、教育関連法の中に、学習記録は個人情報であり適切な目的だけに利用しなければならないが事前同意は不要と、書き込むべきで、これは名古屋市議会ではなく国会の仕事である。