冷酷なまでに現実的
アメリカは理想主義的な国である。憲法で謳われている崇高な理念を唱え、時には他国に介入してまで自国の価値観を輸出しようとする。その一方、時には冷酷なまでに現実的な国でもある。
9.11を皮切りにアメリカはアフガニスタンに居座り、その地が再びテロの温床に転じないようにするために、民主的な政府の育成、発展に取り組んだ。その結果、アメリカは20年もの間で日本円にすると約9兆円もの額をアフガニスタンに投入した。
しかし、それほどまでの額の財政的負担に加え、2000人以上もの自国民の犠牲も払ってでも再建しようとした国をアメリカは事実上見捨てようとしている。
バイデン大統領がアフガニスタンからの米軍の完全撤退を表明して、そこから米軍のプレゼンスが低下するのと同時並行で現政府から権力を取り戻したいタリバンは破竹の勢いで進撃している。そのことから、筆者は以前書いた論考で首都カブールまでタリバンが迫るのは時間の問題だとしていたが、カブールが90日以内に陥落する恐れがあるとの分析が出てからは、アフガン政府の壊滅、そしてタリバンの勝利は秒読みの段階に入ったと認識している。
アメリカ政府はその結末を見越してか、数千の米兵をカブールに派遣し、現地で取り残されている米国人の退避を行おうとしている。
タリバンが政権を取ってしまえば、アメリカが投資してきた資源だけではなく、植え付けた価値観も失われてしまうことは確実である。アメリカが駐留している間でアフガニスタンの女性の地位は向上し、人権も付与され、曲がりなりにも民主的な選挙が実施されてきた。しかし、それらの進歩を全て否定していたタリバンが再び権力を握れば、アフガニスタンの民主化が退化することは不可避である。
それでもなお、アメリカはアフガニスタンを見捨てようとしている。自らが重要視する価値観が失われてもなおである。
孤立主義を欲する米国世論
これまで筆者はアメリカがアフガニスタンから撤退する理由はふたつあるとしていた。ひとつが中国にリソースを回したいアメリカの国家としての思惑。二つ目がバイデン大統領の個人的な事情である。
この二つに加えて、重要な変数は孤立主義に邁進する米国世論である。シカゴ評議会によると今回のアフガニスタン撤退について国民のおよそ7割が賛成している。共和党員の間でも半数以上が撤退を支持している。
アメリカの内向き化は様々な現象が統合した複雑なものである。中東での終わらない戦争に対する厭戦気分の蔓延、度重なる経済危機、そしてパンデミックに苦しむ米国民の支援を求める声。それに加えて、トランプ前大統領の掲げるアメリカ第一主義もアメリカの内向き化を考慮するうえで重要な要素である。
慶応大学の中山教授が指摘するように共和党は同盟国を重視して、アメリカが世界的なリーダーシップを取ることを推進してきた党であった。しかし、それに逆行する形で共和党の乗っ取りに成功したトランプ氏は同盟国が頼れる共和党の姿を一変させた。トランプ氏のアメリカ第一の掛け声とともに、共和党は反自由貿易、外交的には内向き路線に走る党になってしまった。
これによってアメリカでは伝統的に内向き化に拍車がかかってしまう政策を実施する民主党に加えて共和党という二つの内向きな政党が存在するという現状が出来上がっている。
アメリカは同盟国として信頼できるか?
上記で述べたアフガニスタンからの無慈悲の撤退、そして世論が主導するアメリカの内向き化は同盟国である日本にとっての懸念材料である。そのように認識している日本人は多いであろう。
果たしてアメリカは共通の価値観と利益を共有する日本を有事の際に守ってくれるのか?有事においてアメリカの大統領は世論を説得して同盟国を守れるだけの措置を施すことができるのか?
しかし、それらの懸念に対して筆者は楽観的な見解を持っている。それはアメリカの世界戦略における役割を考えると日本は無視できないからだ。
日本は冷戦中ではソ連が太平洋に進出し、アメリカ本土に危害を加える可能性を高めることを限りなくゼロにするための防波堤として機能してきた。そして、現代においても海洋進出を進める中国を抑止するためにアメリカにとって日本の地政学的重要性は未だに顕在である。
それゆえ、いくら日米関係が冷え込んでも、世論の制約が働いたとしても、日本が敵陣営に取られることが第二の真珠湾攻撃、9.11を引き起こす可能性を惹起することを考えるとアメリカの指導者は防波堤としての日本を維持するために日本を防衛せざるを得ない。
我々はそのような冷酷な現実が日本とアメリカの間の根底に流れていることを忘れてはならない。
また、国家より上位の世界政府が存在しない国際社会が無政府状態であることを考慮した時に、イギリスのパーマストン卿が述べたように国家にあるのは「永遠の国益」であることも留保するべきである。