タリバンの首都制圧に続くガニ大統領の政権放棄と、アフガニスタン情勢の急展開で、すっかり影が薄くなったが、つい先日までアメリカメディアの関心はニューヨーク州(前)知事、アンドルー・クオモ氏に注がれていた。民主党のクオモ氏は昨年の春、同州のコロナ対策で全米に名を馳せ、いずれ大統領候補になると目されていた。ところが、昨年12月13日、同知事の下で働いていた女性が知事のセクハラをツイッターで訴えたのきっかけに同様の行為を受けたという女性が次々に現れ、その数は11人に上った。
今月初めに上梓されたジェームズ同州司法長官の調査報告書(Report of Investigation into allegations of sexual harassment by Governor Andrew M. Cuomo)は、11人の女性たちの訴えを全面的に支持し、クオモ氏の行為を断罪した。この報告書に対し、同氏は根拠のない告発であり、自分の行為はセクハラには当たらないと反論した。「私は男女を問わず、誰彼なくハグやキスをいつもしていて、こうしたユーモアの類が他人には無神経に映ったのかも」と悪びれないクオモ氏に、セクハラ自覚は皆無だ(ABC ニュース、2021年8月21日)。しかし、報告書は、氏が女性のブラウスの中に手を突っ込んで、乳房を掴んだことを暴露している。図太い神経には恐れ入るが、政治家としては失格だ。
報告書が明らかにしたのは、クオモ氏のトンデモナイ行為だけではない。氏は、自分の知事活動を支えるスタッフの間に「恐怖と脅し」の文化を醸成し、その周辺にはセクハラを受けても訴えられない、またたとえ訴えても揉み消されてしまう空気が蔓延していたという事実である。表向きは颯爽としたリーダーを演じながら、裏では北朝鮮もビックリの独裁体制を敷いていたわけで、見方によってはトランプよりも悪質かもしれない。
さらに報告書は、CNNの花形アンカーで、知事の実弟クリス・クオモ氏が知事の助言チームのメンバーとしてセクハラ疑惑に関する知事の対応に関与していたことも明らかにした。2021年5月20日付のワシントンポスト紙によると、2013年にCNNに入局したクリス氏は、それまではクオモ知事に関するニュースから距離を置いてきたが、昨年春知事がコロナ対策で脚光を浴びた折、兄のニュースにコミットし始め、6回にわたって知事にインタビューをした。しかも、6月の放送では、臆面もなく「あなたは凄いことを成し遂げた。この国で最高の政治家だ。お兄さん、愛してる!」と言い放った。
しかしながら、昨年末以降、次々に明らかになる知事のセクハラ疑惑については、頑なに口を閉し、3人目の被害者が名乗りを上げた今年の3月1日、クリス氏は番組で「何が起こっているかは把握しているが、実兄なので私自身は報道できない」とノーコメントであった。さらに、クリス氏は、兄に「告発に屈せず、辞職もするな」と助言し、告発は一種の「キャンセル・カルチャー(クオモ外し)」だと、励ましたらしい(ワシントンポスト紙、2021年5月20日)。
調査報告書を受けて、結局クリス氏は兄に辞職を促したものの、依然沈黙したままで、知事が辞職表明をした8月10日には休暇に入っていた。休暇はクリス氏の誕生日のお祝いのためで、以前から計画されていたというが、体の良い雲隠れではないかとみられている(ニューヨークタイムズ紙、2021年8月10日)。
「家族が一番、仕事は二番」(ワシントンポスト紙、2021年5月20日)、公私混同のクリス氏への批判はCNN本体にも及んだ。兄知事がコロナ対策で活躍しているときには兄との対談を弟アンカーに積極的にさせながら、兄の形勢が悪くなるやそのニュースから弟を遠ざけた同局の身贔屓だけでなく、取材対象には中立であるべきにもかかわらず、その対象に政治的な助言をしていたことを見逃したという倫理的な問題も批判された(ワシントンポスト紙、2021年8月12日)。
昨年はアメリカ大統領選挙の年だった。宿敵トランプの追い落としが悲願であったCNNにとって、クオモ知事はトランプのコロナ対策の失敗を際立たせ、トランプに打撃を与えることのできる格好の素材だったのではないか。民主党のスター知事とその弟のスターアンカーのタイアップは有権者に好印象を与え、民主党の勝利に貢献できると考えたのかもしれない。
アメリカメディアの特定党派への肩入れは公認済みであるとはいえ、今回のクオモ兄弟の案件は、やはりCNNの勇み足だったのではないかと思う。それにしても、アフガニスタン情勢に助けられた感のある今回のスキャンダル、クオモ兄弟は運が良い。