「そんなもの、放っておけばいい」:菅総理を見直した

高橋 克己

8月21日の産経新聞に載った「菅政権『台湾重視』鮮明・・」と題する記事を読み、4月16日の日米首脳会談の成果と菅総理の外交に対する見方が甘かった、と筆者は自らの不明を恥じた。

菅首相 首相官邸HPより

菅のみならずバイデンも大統領就任後初となる首脳会談を控えた外務省幹部との打ち合わせで、共同声明に台湾を盛り込めば台湾を内政問題とする中国とハレーションが起きると説明した外務省幹部に対し、菅総理が「そんなもの、放っておけばいいんだ」と突き放したというのだ。

官房長官職が長いので、官僚に睨みが利くことには定評はあるが、外交では世界を股にかけた安倍総理を傍で支えただけとの印象が強かった。が、外務官僚が相手とは言え、台湾問題でここまで言い切れる信念と胆力には驚いた。菅総理をまったく見損なっていたようだ。

首脳会談後の共同声明を読んだ17日、筆者は「バイデンお初の会談相手だけが成果の菅訪米では物足らぬ」と題し投稿した。そこに「日経は『米が問う日本の覚悟 共同声明、52年ぶり台湾明記』との見出しで報じたが、これに凝縮される会談の中身に筆者は物足りなさを感じた」と書いた。

理由は、「自由民主主義国家が協働」して対処すべき「グルーバルな脅威」の中に「中国」の文字がなく、明記された台湾も「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」との44字に過ぎず、しかも「海峡」付きで腰が引けていたからだ。

が、今にして思えば、筆者がこの首脳会談に入れ込んで高望みし過ぎていたのかも知れぬ。それというのも、その10日ほど前に「菅総理はバイデンに台湾承認の密約を持ち掛けよ」と題し、次の一文で結んだ投稿を書いていたからだ。

-先ず台湾が独立を宣し、間を置かず日本と米英加豪NZ(ファイブアイズ)、EUとクアッドの一角インドがこれを承認する。この電光石火の一撃に共産中国が打てる手があるとは思われない。共に外交面では少し頼りなげな菅総理とバイデン大統領だが、これで歴史に名を残して欲しい。-

この投稿のもう一つの主題は「尖閣」だった。北京による尖閣領有権の主張は台湾が中国の一部であることに基づく。即ち、尖閣は台湾の一部、台湾は中国の一部、従って尖閣は中国の一部という三段論法だ。よって台湾が中国の一部でないなら、尖閣も中国の一部でなくなる。

国民党の馬英九政権は12年8月に提唱した「東シナ海平和イニシアチブ」で尖閣の領有権を主張した。すると9月、旺旺集団が支援した多数の台湾漁船が尖閣に向かい、日台の巡視船が日本の領海で放水合戦を演じたが、日本が「日台漁業協定」で譲歩して事を収めた。

蔡英文政権は尖閣の領有権を主張しているが、故李登輝閣下は明確に「日本のもの」と述べていた。漁業権問題は収まっているし、将来の台湾独立に際して日本が米国と共に台湾の後ろ盾になるとなれば、民進党政権であれば尖閣の領有権を放棄するか、永久に棚上げする可能性が強い。

さて、日米共同声明は「揺るぎない日米同盟」に触れ、「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した」とする。筆者はこれを「日本の覚悟」即ち「憲法九条改正」とし、「菅総理にはこれを争点に解散を打ち、国民の信を問うて欲しい」と書いた。

が、コロナ禍に惑わされて解散の機を逸し、無観客ながら東京五輪を成功裏に終えたにも関わらず、デルタ株蔓延のせいもあって、どことなく「追い込まれ解散」のムードだ。筆者もこの産経記事を読むまでは、この先菅総理で大丈夫だろうか、とその総理職遂行能力を訝った。

今にして思えば、7月5日に麻生副総理が「台湾で大きな問題が起きれば、存立危機事態に関係すると言ってもおかしくない。日米で台湾を防衛しなければならない」と講演で語ったのも、菅総理が外務官僚に対して示した信念をフォローするものだったと知れる。

麻生発言を受けて環球時報は7月7日、ソン・ゾンビンなる(実在するらしい)軍事専門家兼TVコメンテーターに書かせた「台湾問題でレッドラインを踏むと日本は墓穴を掘る」との記事で、「日本には中国の内政問題を口にする権利はない」などと言わせた。

「そんなもの、放っておけばいい」のだが、記事の大意を述べれば次のようだ。

強い中国が近くにあるのを見たくない日本の極右は、特に釣魚島と台湾に関心があるが、日本が台湾問題に軍事的に関与するなら、日本は墓穴を掘ることになる。日本の軍事力は米国に完全に抑制されていて独立した戦闘能力がないので、人民解放軍に対して無力だ。

台湾島や釣魚島のことで日米が協力して中国に対し軍事行動をとる場合、北京はその動きを中国との軍事紛争に関与していると見なすだろう。よって、日本は中国の軍事攻撃の標的となり、それは日本の生存を危険にさらすだろう。

麻生のような政治家が日本の外交政策の支配的な力になる可能性は低いが、一部の政治家は台湾独立を追求するために台湾の分離主義者を扇動している。中国がしなければならないこと、そしてできることは、釣魚島問題に対する権威を行使するための取り組みを増やすことだ。

以上の記述に見るように、中国は尖閣を台湾と一体化して論じる。それは先述した三段論法が的を射ていることの証左だ。そして、尖閣への領海侵犯の頻度を増やせ、と述べる。麻生発言は尖閣に触れていないのに、尖閣と台湾は一体だ、といみじくも北京が言っている。

ならば、なおさら麻生発言の重要性が増す。バイデンのアフガン対応を見るまでもなく、日本は同盟国米国に対して尖閣の実効支配振りを示すことが重要だ。この際、「揺るぎない日米同盟」の下、公務員を我が領土たる尖閣に常駐させてはどうか。その先に「台湾独立」も見えてくる。

が、その前に斯く信念と胆力が判った以上、菅総理に続投してもらわねばならない。今日は地元横浜の市長選投開票日だった。菅総理に塁が及ばぬよう投票所に走ったのだが・・、やはり無党派層は季節風に流され易い。菅総理にはコロナを5類に下げて自ら風を起すことを薦める。