バイデン大統領は就任後3ヵ月にして初めて会談する外国首脳に菅総理を選んだ。世界は漸く「生バイデン」が海外首脳との会談や共同記者会見を行う姿を見た。在米の知人が「あれはCG」とメールして来たが、総理が証人だから本物に違いない。
コロナ禍で致し方ないとはいえ、就任して半年が経つ菅総理にしても、その間の外国首脳との面談は昨年10月のインドネシアとベトナム訪問以来、やっと3ヵ国目に過ぎない。電話やオンラインで補うといっても、バイデンがいう通り膝を突き合わせた面談に勝るものはない。
だが、表情豊かなトランプと場慣れした安倍に比べると、世辞にも溌溂としていると言い難い二人が頻りに手許に目を落とす様は頼りなげだった。ルーピー鳩山が「不慣れなオロオロ感がモロ」と腐した総理だが、筆者は「飾らずに地を出した」と好感した。人となりを見せ合う場に付け焼刃は要らぬ。
そこで会談の内容だが、「新たな時代における日米グローバル・パートナーシップ」と題した5,800字の共同声明を日経は、「米が問う日本の覚悟共同声明、52年ぶり『台湾』明記」との見出しで報じた。これに凝縮される会談の中身に、筆者は物足りなさを感じた。以下にその理由を述べる。
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声明は780字の前書きで始まるが、「自由民主主義国家が協働」して対処すべき「グルーバルな脅威」を「国際秩序への挑戦」および「新型コロナ感染症と気候変動」とし、そこに中国の二文字がない。続く1,900字の「自由で開かれたインド太平洋を形作る日米同盟」の項の前段900字にもない。
しかし、「揺るぎない日米同盟」に触れたこの前段の
「米国は、核を含むあらゆる種類の米国の能力を用いた日米安全保障条約の下での日本の防衛に対する揺るぎない支持を改めて表明した。米国はまた、日米安全保障条約第5条が尖閣諸島に適用されることを再確認した」
という部分は日本にとって極めて重要だ。
この文節の前に「日本は同盟及び地域の安全保障を一層強化するために自らの防衛力を強化することを決意した」と米国にとって当然のことが書いてあることも見逃せない。ここが「日本の覚悟」であり、詰まるところ「憲法九条改正」に相違ない。菅総理にはこれを争点に解散を打ち、国民の信を問うて欲しい。
中国については、約1,000字の項後段で「ルールに基づく国際秩序に合致しない中国の行動について懸念を共有した」など5度出てくる。確かに台湾も明記された。しかし「日米両国は、台湾海峡の平和と安定の重要性を強調するとともに、両岸問題の平和的解決を促す」との44字の「海峡」付きでは腰が引けている。
香港とウイグルに関してもこの後に、「日米両国は、香港及び新疆ウイグル自治区における人権状況への深刻な懸念を共有する」とあるだけで、しかも次の一文が続く。
「日米両国は、中国との率直な対話の重要性を認識するとともに、直接懸念を伝達していく意図を改めて表明し、共通の利益を有する分野に関し、中国と協働する必要性を認識した」
しかし、コロナや気候変動への対処も含めた中国との対話や協働は、日米が中国の巧みな交渉術に嵌る場になるだけの誤った対応だ。日本にも覚悟が必要だが、バイデン政権もトランプが打ち出した強硬な対中政策のどれひとつをも緩めるべきでない。なぜならそれを中国が忌避しているからだ。
歴史を顧みれば、毛沢東が進めた40年代のチベット・内モンゴル・新疆ウイグルへの大虐殺を伴う侵略、50年代後半の大躍進失敗で4千万が餓死した大飢饉、60年代後半から10年間に2千万の犠牲者を出した文化大革命、その間に15百万の若者を移住させた下放など、その暴挙は漢族にも及ぶ。
漢族の命さえ蔑ろにする共産中国が、東夷・西戎・南蛮・北狄に心を配るとは思われない。これらの人々に対して行う行為が人権蹂躙だとの意識も持ち得まい。ウイグル人への強制不妊手術も、共産中国が行った一人っ子政策と変わるところがないと思っていよう。
強制労働とされるウイグル人の新彊綿やトマトの収穫、そして綿製品の生産にしても、90年代半ば以降に広東省の工場群で筆者も見聞きした、数千万人のうら若き農民工女性の出稼ぎと同じと考えていることが、中国大使がそれを「笑い話」と言い放つ理由だろう。つまり強制労働が普通の国柄なのだ。
彼らにいわせれば「強制」収容所も「矯正」収容所であって、14年に習近平自身がウルムチ駅で危うく犠牲になりかけた爆弾テロのような、共産中国への反逆行為をしないように「教化」するための施設と理解していよう。国(実は共産党)を守ることがなぜ悪いのかとの論理だ。
こうした共産中国の論理を考えれば、党員の外は共産党が独裁を続けるための単なる道具に過ぎないことが良く理解できる。従って、共産党の手駒に過ぎない一部党幹部や政府高官の海外資産凍結・渡航禁止といった制裁や、新彊製品の不買などによって、共産中国の膨張が止まることなどあり得ない。
ではどうしたら人権侵害や台湾侵攻を止められるかといえば、共産党の独裁体制を壊す以外ない。
それには、
上記の「共産中国にとって痛い4項目」を進めることだ。
1.と2.はこちらも痛む副反応があるし、1.には時間もコストも掛かる。しかしコロナを世界に蔓延させ3百万以上の命を奪った共産中国の隠蔽体質への怒りを、国際社会は忘れてはなるまい。3.と4.は西側諸国の決断があればすぐにでも打ち出せよう。どれも共産党独裁を壊す効果を秘めている。
一縷の望みは、声明に盛られないこれらの密約があったかどうかだ。歴史を紐解けば、戦後日本の在り方に多大な影響を与えた45年2月のヤルタ会談の極東密約がある。ルーズベルトは独降伏後2~3カ月以内にソ連が対日参戦する見返りに、満州の権益や千島樺太の領有をスターリンに認めた。
また、今回報じられた「52年ぶりの台湾明記」とは、「沖縄の核抜き・本土並み返還」に合意した69年11月の佐藤・ニクソン会談で、共同声明に書かれた次のような96字の一文を指す。
大統領は、米国の中華民国に対する条約上の義務に言及し、米国はこれを遵守するものであると述べた。総理大臣は、台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとつてきわめて重要な要素であると述べた。
この会談にもキッシンジャー大統領補佐官がニクソンに提出した「沖縄返還後の米国の核持ち込みと繊維問題に関する日本との秘密交渉」と題されたメモが存在した。「日本有事の際の核持ち込み」と繊維業界を犠牲にして沖縄を返還させる「糸を売って縄を買う」密約だ。
以上だが、共同声明は事務方が擦り合わせた作文、肝心なのはそれをどう行動に移すか、そして両首脳が肉声で何を述べ合ったかだ。その機微は公表されまいが、筆者はそこに期待したい。一度で無理なら必要なだけ会えば良い。バイデンお初の相手をしたことだけが成果の菅訪米では困るのだ。