パンデミックがもたらしたフランス「料理」革命(原田 大靖)

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グローバル・インテリジェンス・ユニット チーフ・アナリスト 原田 大靖

今次パンデミックに伴うロックダウンは、我が国のみならず世界中のレストランをして変革を余儀なくさせるものであった。そして、その変革は格調あるフランス料理界をして、何世代にもわたって構築されてきた形態を放棄させ、次なるフェーズへ進化することを意味している。まさに、フランス「料理」革命とでもいうべき状況にあるのだ。

しかし、フランス料理の進化は実はこれまでに幾度となく繰り返してきている。そこで、本稿ではフランス料理の歴史を紐解くことで、今次パンデミックに伴うフランス料理革命の意味を探っていく。

図表:エッフェル塔のレストラン「ジュール・ヴェルヌ」で会食する トランプ米大統領夫妻とマクロン仏大統領夫妻
出典:The Guardian

今でこそ世界最大料理の一角を占め、公式な外交の場においても主流となっているフランス料理であるが、中世においては、テーブルに雑多に並べられた料理を手づかみで食べるなど、今のような洗練されたマナーも存在していなかった。フランス料理の「原型」が確立したのは、16世紀、イタリア・フィレンツェの名家メディチ家よりカトリーヌ・ド・メディシスが、ヴァロワ朝のアンリ2世に嫁ぐ際に、随伴したイタリア料理人が高度な調理法や洗練されたマナーも伝えたということに起因する。

17世紀に入るとイタリア料理から距離をおくフランス料理の改革運動が起こり、フランス宮廷料理のフォーマルな様式として「オート・キュイジーヌ」が誕生した。複雑な味付けと手の込んだ飾り付けが特徴で、「太陽王」と呼ばれたルイ14世時代に、王の権威を誇示するために生み出された。しかし、この段階ではまだフランス料理は王侯貴族のための宮廷内のみの文化であり、これが一般市民へと普及するのはフランス革命を待たねばならなかった。

図表:「オート・キュイジーヌ」によるテーブルセッティング
出典:Wikipedia

すなわち18世紀末、フランス革命が勃発すると、職を失った宮廷料理人たちが流出して、街角でレストランを開くようになったのである。アンシャン・レジーム(旧体制)の崩壊によって台頭した富裕化した市民(ブルジョワジー)がそのレストランに通い詰めるようになり、フランス料理は市民レベルでも普及するようになったのである。とくに、フランス革命期の外交官・政治家として活躍したタレーランのもとで料理人をしていたアントナン・カレームは、今日でいう「有名シェフ」の先駆けであった。

図表:「会議は踊る、されど進まず」と揶揄されたウィーン会議
出典:Wikipedia

とくにナポレオン戦争後の欧州秩序再建を目的としたウィーン会議(1814~1815年)では、フランスの首席全権としてタレーランも参加したが、タレーランはしばしばカレームの手による「饗宴外交」を開催し、各国の有力者をもてなすことで、フランスは敗戦国の立場にあったにもかかわらず、有利に交渉を進めることができたと言われている。そして、ウィーン会議は、フランス料理がヨーロッパで一躍脚光を浴びる契機ともなった。

19世紀には、「近代フランス料理の父」オーギュスト・エスコフィエによって、フランス料理の大衆化がなされた。また、19世紀は大皿で提供していた「フランス式サービス」から、メニューの順番通りに1皿ごと提供する「ロシア式サービス」が普及した時期でもあった。ここに、前菜、メインディッシュ、コーヒー・デザートがサーヴされるコースメニューが誕生したのである。

現代に入ると、エスコフィエの料理体系を受け継いだフェルナン・ポワンらが、さらに時代に合わせた形へとフランス料理を進化させていった。また、1923年には『ミシュラン・ガイド』による「権威付け」も始まった。ミシュランによって有名シェフを「輩出」し、それを育成していくというサイクルを全世界で展開することを通じ、フランス料理の基準認証ビジネスを確立したわけである。ジョエル・ロブションや、トゥール・ダルジャンなど、ミシュランの星を獲得したシェフ、レストランは、我が国でも「グランメゾン」として常に人気を博している。

現代におけるフランス料理の革命的な最後の進化は、1970年代にポール・ボギューズが主導した「ヌーヴェル・キュイジーヌ」の確立である。これは、エスコフィエの「正統的」な料理に対する反動であり、より軽く、より健康的な料理を特徴としている。

図表:「ヌーヴェル・キュイジーヌ」による盛り付け
出典:Wikipedia

2010年にはフレンチガストロノミー(フランス美食学)がユネスコの無形文化遺産にも登録されたが、その背後には、サルコジ仏大統領による「市場原理主義」的な政策の導入があったことを忘れてはなるまい。

そして現在、新型コロナウイルスによるパンデミックを受け、フランス料理は進化の真っ只中に置かれている(参考)。例えば、フランスでは、昼休みは「神聖な時間」とみなされることから、食文化の大切さを反映する措置として、労働法で雇用主に対し、従業員がオフィスのデスクで食事することを禁じていた。しかし、去る2021年2月には、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、同僚との会食が「忌避」されるようになる中で、このデスクランチ禁止の規定も緩和されたという。フランスのメディアでは、自分のデスクでサンドイッチを食べる「不幸」な従業員のイメージが放映されていた(参考)。

さらに、渡航制限やロックダウンは、これまでの高級フレンチ・レストランのビジネスモデルが観光客なしでは機能しないことを明らかにするものであった(参考)。そして、こうした危機は、プロセスとしての食事に重きを置くフランス料理に、テイクアウトやミールキット(食材とレシピのセット)といった、これまでの伝統とはかけ離れた様式の導入を余儀なくさせている。

16世紀以来、伝統を踏襲しながらも、時代の最先端の技術や流行を融合させることで、保守性と前衛性を併せ持ったスタイルを確立してきたフランス料理であるが、今次パンデミックを契機に、さらなる進化を遂げようとしている。

原田 大靖
株式会社 原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)
東京理科大学大学院総合科学技術経営研究科(知的財産戦略専攻)修了。(公財)日本国際フォーラムにて専任研究員として勤務。(学法)川村学園川村中学校・高等学校にて教鞭もとる。2021年4月より現職。