なぜ、政策のつくり方は壊れてきたのか

1.政策のつくり方が壊れ始めた

私たち千正組は、官僚や政治家の政策立案の土壌を整えること、民間団体や市民の活動の中にある課題(政策のタネ)を政府関係者など政策をつくる人たちに届ける支援を行い、日本の政策をよりよいものにするために活動しています。この記事も、民間の皆さんに政策のつくり方を知ってもらい、より良い政策を作るために不可欠な存在になってもらいたい、という思いで執筆しています。

なぜ、私たちがこのような活動を始めたのかというと、昭和、平成、令和と受け継がれてきた政策のつくり方が時代に合わなくなってきた、壊れ始めてきた、と感じているからです。官僚として政策をつくっていた頃も、どんどん待っていては正解が分からない状況になってきました。一言で言うと、現場と政策づくりの場の距離がどんどん開いているという感覚です。

今日は、そのように私たちが感じるに至った政策を取り巻く日本の変化をお示しします。

2.よい政策を作るのに必要な3条件

政策のつくり方が壊れ始めてきた、と感じる理由を説明するために、まず、千正組が考える「よい政策を作るために必要な3条件」をお示しします。この3条件を、今の政策のつくり方が満たすことができていれば、質の良い政策が生まれるはずなのです。

1)詳しい人が徹底的に考える
2)できるだけ多くの人の意見を聞く
3)政策を作った後の執行のことも考える

これ、実は民間企業での商品開発のプロセスと一緒なんです。

1)詳しい人が徹底的に考える
まず、詳しい人が徹底的に考える、です。
いい政策を作るには、その分野に日本で一番詳しい人が考えることが一番です。売れる自動車を作るには、燃費や丈夫さ、加速などの性能面だけではなくて、デザインや商品イメージについてもトータルで考える必要がありますね。そのようなバランスの取れた自動車を作れる可能性が高いのは、自動車会社で長く自動車の企画に関わってきた人物です。
これは政策を作る過程においても当てはまります。社会にあった政策を作るにはその政策について長年考えてきた人がその設計をするのが一番です。今の政策立案の仕組みでは、その役割の多くを政策立案の専門家である官僚が担っています。

2)できるだけ多くの人の意見を聞く
そして、できるだけ多くの人の意見をきく、ことも重要です。

長年自動車作りに携わってきた企画担当が作る自動車は、性能は高いかもしれませんが、もしかすると世の中のニーズや流行をとり間違えている可能性もありますね。そのようなリスクを避けて、新作の自動車を間違いなく売れるものにするために、企画担当が何をするかというと、第三者の声を聞きます。例えば、消費者モニターへのヒアリングを行うこともあるかと思いますし、販売店の販売員の声を参考にすることもあるのではないでしょうか。

政策立案の世界では、この消費者ヒアリングに似た仕組みとして、審議会や検討会があります。これらは新しい政策を作る過程において政府内に設置される会議体です。その政策により影響を受ける中間組織、当事者、自治体関係者、そして官僚とは異なる立場から政策を考えている大学教授等に、政策案を示し、意見をもらうのです。これにより、政策立案者が見落としていた視点を政策に取り込むことができます。

また、役所の中の審議会以外にも、もちろん国会審議もありますし、パブリックコメントなど広く意見を聴く仕組みもあります。さらには、政策の世界では、商品開発の段階で盛んに報道が出ますので、メディアの意見も参考にします。

3)政策を作った後の執行のことも考える。
最後は政策を作った後の執行のことも考える、です。

さて、経験豊富な企画担当が案を作り、消費者モニター等の意見も踏まえた自動車がついに出来上がりそうです。あとはもう売るだけです。が、この「売る」ためには商品があるだけでは不十分です。

見込み販売台数を間違いなく生産し、販売するには
部品を供給する工場が確保されているか、
組み立て工場は他の自動車の組み立てで埋まっていないか、
広告費は確保されているか、
販売店のマンパワーや、チャネル、自動車を置くためのスペースなどが確保されているか
を確認しておく必要があります。

さらに、自動車は購入した後に長く乗るものなので、販売した後のメンテナンスやアフタフォローの体制も必要です。

自動車を販売するには、売れそうな自動車を作るだけではなくて、作った後の生産、販売、アフターフォロー体制まで確保しておかなければいけません。そうでなければ、作った自動車が売られずに余る、又は需要に対する供給が追い付かない、あるいは購入者の評判が悪化する、ということになってしまいます

そうなんです。作った商品(政策)を売る(執行)することができるかはとても重要なのです。政策立案をする場合でも、実施を担う省庁や自治体の人員、現場の医療従事者や介護従事者は十分であるかとか、必要な予算が確保されたかなどまで、気を配ることが必須です。そうでなければ、現場に過度な負担をかける、持続可能性のないものになることにより、結局苦労して政策をつくっても国民にその効果が届かず、失敗に終わります。

3.政策のつくり方の評価(2000年頃まで)

よい政策に必要な3条件をご理解いただけましたでしょうか。それではこの3条件が実際の政治の現場においてどのように機能しているのかを見ていきましょう。
日本の政策のつくり方は戦後から今に至るまで大筋は変わっていません。

まず、(1)官僚が政策案(この場合は法律案を例にとります)を作成します。
そして、官僚が作成した案をもとに、(2)審議会等の場で関係者の意見集約を行います。 先ほどお伝えしたように、審議会等には中間組織(※)、有識者、自治体など政策の実施で影響を受ける多様な者が出席します。
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(※)
中間組織とは、同じ職業・立場の人達や会社などが集まって作る組織で、国民と国会や政府の間に立って、そこに所属する人たちのために、政策を政府に届ける役割を担っています。同じ業種の会社が集まって構成する業界団体(「〇〇業協会」のようなもの)、同じ職業の人が集まって構成する職域団体(医師会、看護協会、薬剤師会のようなもの)、同じ立場の人が集まって構成する団体(労働組合、患者団体、保護者団体など)などがあります。普段政治に関わっていなくてもどこかの中間組織に所属していれば、中簡組織を通じて、政策に自分たちの声を反映させることができます。
―――――――――――――(※の説明終わり)―――――――― 

審議会等で意見集約を行った後は、国会に法律案を提出する前に(3)与党の政務調査会部会(※)で、官僚が作成した法律案について、与党議員から意見を受けます。いわゆる与党事前審査制と呼ばれる非公式なプロセスです。効率的な意見集約を目指して1960年代に確立したと言われています。
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(※)
与党部会は、厚生労働省だと厚生労働部会、環境省なら環境部会というように省庁の単位ごとに政務調査会の下に設置されている党内の組織です。それぞれ部会長がいますが、全体の長が政調会長です。それぞれの省庁が担当する政策に関心のある議員が部会に出席し、自分たちの意見を政策に反映させようとする場です。
―――――――――――――(※の説明終わり)―――――――― 
そして、法律案について与党の了承を得たのち、(4)国会での審議が行われ採決・成立、という流れになります。与党の了承は全会一致で行われ、国会での採決には党議拘束が課せられるので、与党が了解した法案には、与党の全国会議員が賛成することになります。

この
(1)官僚が政策案を作成
(2)審議会等で意見集約 (中間組織、有識者、自治体など)
(3)与党部会 (事前審査制)
(4)国会での審議・採決・成立

という政策のつくり方のプロセスが2000年頃まではどれくらい適切に動いていたのか、
先ほどの3条件に当てはめてみましょう。

(1)詳しい人が徹底的に考える
これは比較的うまくいっていたと思います。
◎○△×で評価するなら◎でしょう。後ほど説明しますが2000年頃まで官僚は中間組織など関係者の声を聞く機会を十分に持てていました。また、国家公務員倫理法で利害関係者からの接待が禁止される前は、昼の打ち合わせだけでなく、夜のお付き合いも頻繁にありました。そうして作り上げた信頼関係の中で、ざっくばらんに業界関係者の問題意識を官民で共有することで、適切な政策立案ができていたのです。
また、当時の役所は、(職場にいる時間は長かったですが)今よりもずっと官僚自身に時間の裁量があったので、勉強する時間も大いに持つことができていました。

(2)できるだけ多くの人の意見を聞く
こちらについても及第点の○です。日本では業界団体などの中間組織がその傘下の人々の声を吸い上げ、その代表が審議会での場で意見表明をすることが政治参加の主要な方法でした。この仕組みを通じて、国民は一応個々の政策立案のプロセスに参加することができていたと言ってよいと思います。
ただ、審議会等のメンバーを送り出すなど、一定の政治力のある大きな団体に属していない人の意見は、なかなか届きにくいという課題もありました。それでも、右肩上がりの時代の政策課題は利益の分配なので、大きな問題は生じませんでした。

ただし、審議会のメンバーが固定化されがちなこともあり、状況の変化に対応しにくかったり、これまでにない新しい商品や考え方を持つ人たちにとっては、政策立案のプロセスへの参加はハードルが高いという課題もありました。

与党部会では支持者の意向を受けた国会議員の指摘により、官僚が立案した政策の修正が行われており、与党部会の場で審議会等に参加できないグループに属する人々の意見を反映することも一応可能となっていました。与党で十分な議論がされる代わりに国会は建設的な議論を行う場としてはあまり機能していません。与党の意見が国会の前の与党部会で法律案に反映されることにより、与党議員には国会の場でその政策に異議を唱えないという党議拘束がかかります。また、与党議員は自分の党(あるいは連立している党)の総裁が総理大臣ですから、あまり厳しい追及することも難しいのです。結果として、与党議員は国会審議という場で影響力を行使する機会は、やや限られるでしょう。

一方の野党はどうでしょうか。野党の鋭い質問を受けて、政府が対応を変えたり、法案の採決の際に附帯決議と言って、法案は通すけど政府に一定の条件のようなものを貸すことはありますが、基本的には意見が政府の法律案そのものに反映されることはほぼありません。特に、与野党が固定化されている時代はそうです。

つまり、与党とつながりのある人達は与党部会を通じ、自らの要求を政策に反映させるべく、働きかける機会が多いですが、そうでない人たちの声は、なかなか届きにくい、という状況にありました。

(3)政策を作った後の執行も考える
こちらについても◎です。
政策立案の中心は官僚であることが大半でした。官僚は政策の立案をしますが、執行を行うのもほとんどの場合、現場の公務員か所管業界です。したがって、当然政策立案の際には、自らの役所や現場の役所がちゃんと対応できるかということを念頭に置いています。実務がうまく回らないような政策を立案することは、まずないのです。そして、この頃は、まだ地方分権の時代ではないので、機関委任事務と言って、国で決めたことを県庁や市役所が部下のように執行する仕組みもありました(今は、県庁や市役所は国と対等な関係であり、指示を受ける立場ではありません)。

4.政策を取り巻く4つの状況変化

こうしてみると、かつての日本の政策のつくり方は、完ぺきではないですが、ある程度うまくいっていたように思えます。でもこの政策のつくり方、だんだんと現状に合わなくなってきました。いわば、政策決定のゲームチェンジがおこってきています。

右肩上がりの経済成長は終わり、平成に入るとバブル経済も崩壊し、経済もグローバル化し、新しい技術もどんどん出てきます。人々の生活や価値観も多様化してきました。今までと同じビジネスを頑張ってやっていれば、拡大していく時代ではなくなりました。新しいビジネスが増えるように、時代に合った形に規制などのルールも変えなくてはなりません。

また、これからの日本を考えると、2040年までに働き手が減少し、高齢者は増える、つまり行政サービスの原資となる税金を納める人は減り、行政サービスの受け取り手は増えるという今まで経験したことのない局面に入っていきます。

ハッキリいってしまうと、負担増とサービスの縮小・重点化という、痛みを伴う意思決定が必要になります。加えて、限られた人的・物的資源を最大限活用できるよう時代に合わなくなった、又は新しい価値観を反映できていない制度や規制を変えていくなど、大きく社会の仕組みを変えるための改革を行うための意思決定も必要になります。

かつてなく、大きな制度改正などの新しい政策が様々な分野で必要になってきます。にもかかわらず、政策のつくり方が壊れ始めたのはどういうことなのでしょうか。有料部分では、その構造を一つひとつ紐解いていき、これからの政策のつくり方を提案してみたいと思います。

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編集部より:この記事は元厚生労働省、千正康裕氏(株式会社千正組代表取締役)のnote 2021年8月27日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はこちらをご覧ください。