2%のインフレ目標、今のままでは達成不可能

日経に「日銀頼み、空転20年」とあります。物価上昇率が2%を最後に越えたのが1991年、つまり30年前、そして日銀が量的緩和を始めたのが2001年で20年です。黒田日銀総裁が就任したのが2013年ですから8年。長いフラットな歴史です。

高市早苗氏が総裁選に正式に手を挙げました。基本路線は安倍前首相のポリシーを引き継ぐものでその中に2%のインフレ目標がしっかり入っています。私は高市氏が好きか、嫌いかという点は別にしてこの2%のインフレ目標をほかの数多くの政策目標と併記されたことに精神論の目標なのか、実行できる素案があるのか聞いてみたいと思います。

ややリスキーに思うのは「国と地方の基礎的財政収支(プライマリーバランス、PB)の黒字化目標を凍結する」(日経)としている点です。どういう意味か、といえば財政出動で物価上昇をさせようということではないか、と思います。また「自然災害や気候変動に対応するため10年間で100兆円規模を集中的に投資する」(同)です。多分ですがそれでは物価は逆立ちしても上がらないと思います。

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黒田総裁がどうやっても2%達成できなかった、いやそれどころかこの4年ぐらいは再び下向き物価で欧米がインフレ過熱感がある中で完全に取り残されてしまいました。日銀は欧米と同じような金融政策をとったのにほぼほぼ効果がなかったのはなぜでしょうか?

そもそもお金の使い方は必需品と嗜好品消費に分かれます。嗜好品消費が旺盛なのは働く独身世代と高齢者の余力ある層が主力です。働く独身世代で男性(ないし女性)は飲み屋の女性(ないし男性)からねだられた高級ブランド品をプレゼントし、もらった側は5人の客から5つ集まった同じ商品のうち4つを売却し現金をゲット、残る一つを5人に「あなたに買ってもらったのを大事にしている」と囁くのです。「日本型トリクルダウン その1」の成立です。

おじいちゃんは孫にランドセルやら学校教育の支援金をせっせとねん出、これで親の家計が少し緩まり、今まで変えなかったあれやこれやの消費に向かうという「トリクルダウン その2」も成立します。

これらは極端な例ですが、こんなのが健全であるわけありません。2%のインフレはある条件がなければ逆立ちしても起きません。それは給与高、株高、残業万歳です。労働者の賃金は単価でみてはだめです。残業手当がなくなった現実が実質所得の減少の最大の敵なのです。

私が80年代、ゼネコンに勤めていた時は残業は月に80-100時間。しっかりもらっていました。秘書時代は海外出張ばかりでしたが、出張手当だけで給与の半分ぐらいになり、出張期間の飲食は全部社費でした。だけど忙しくて使う暇がないから帰国時の飛行機の中で爆買いとかしていたわけです。

つまりブラックだろうが、過酷労働だろうが、会社が残業手当を払ってくれる分には皆、普通に仕事をしたし、社費で飲みに行くことは普通でした。

今だから告白しますが、私が不動産本部にいた時、部長から禁止されていた不動産仲介を会社の電話とファックスだけを使い、片手間にやっていました。ある時、大型案件がまとまってしまい、多額の仲介手数料が入金されることになりました。私が本社の宅建主任者登録者だったのです。恐る恐る部長に「すみません、禁止されているのは分かっていたのですが…」と切り出すとにやっとして部員全員を集合させ、「君たちの引き出しに入っている飲み屋の請求書を彼に全部渡し、これから決算のある3月まで部内飲み放題、全部彼にその請求書を回せ!」という大号令がかかります。結局2000万円ぐらい払ったと思いますが、仲介手数料は巨額でしたので会社からもお褒めの言葉を頂いたという笑い話があります。

これ、何を意味しているかといえばお金が廻っているのです。会社員は残業手当をもらい、飲み屋でくだを巻き、エネルギッシュだったのです。ところが、働き方改革で残業はだめ、コロナで出張もダメ、賞与は業績不振で期待できず、となれば「三なし」でへそくりも楽しみもまるでないのです。まっすぐ帰れと言われても帰りたくないから公園で150円の缶酎ハイを飲んでしまいます。昔、横浜駅ターミナルの売店に大勢の肉体系労働者が夕方、ワンカップ酒を飲んでいて異様な光景だったのですが、それと同じです。

この20年ぐらい、日本での働き方はとても美しく変貌しました。我々の時代とは雲泥の差です。灰皿なんて絶対に飛んでこないでしょう。そもそもオフィスに灰皿などありません。我々の時代はネクタイつかまれて首締め上げられても普通でした。それがよかったとは言いませんが、お金が自由になり、社費が使えたのが景気を支えていたことは事実なのです。

では残業が抑えられ、非正規社員が増えたその浮いた人件費は何処に行ったのでしょうか?研究開発費なんて美しい支出なら私は喜びますが、そうではなく、値下げ競争にひたすら走ったです。つまり、本来あった給与支払い原資を値下げのネタに使い、生き残り競争をかけたのが日本の体質で、完全なる悪循環構造になったのです。

もっというなら民主化でコーポレートガバナンスが厳しくなればなるほど人件費を削れるという逆作用が効いたともいえるのです。よっていくら財政投融資をしても物価は上がりません。ポイントが違うのです。日本独特の仕組みがそうさせた、と私は考えています。

企業が値下げ競争を止めれば世の中の状況は大きく変わります。サービス残業を止め、残業手当や休祭日出勤手当をしっかり払うことを当たり前とすることが企業も従業員も健全化する第一歩ではないでしょうか?残業することがない、とすればそれは会社が暇だともいえます。仕事なんて無尽蔵にあります。それを苦痛と思わせない働き方改革が本当は必要なんじゃないでしょうか?

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2021年9月9日の記事より転載させていただきました。