バイデンの大統領就任後も、熱狂的なトランプ支持者の間で実しやかに言われてきたことに、いま米国の舵取りは「軍」がしていて、バイデンはセットのホワイトハウスに籠っているという話があった。が、4月に菅首相が生バイデンと首脳会談を行った辺りからはさすがに聞かれない。
20日に米国で出版される予定の「I Alone Can Fix It」と題する本は、これらトランプパルチザンの軍に対する期待を打ち砕くのだろうか。同書はピューリッツァー賞を受けたことのあるレオンニッヒとラッカーなるワシントンポスト(Post)記者二人が、トランプ政権最後の一年を140人以上のインタビューなどを基にして編んだ。
筆者(高橋)はこの著作に関する記事を、「Epoch Times」→「The Hill」→「Politico」→「CNN」→「Fox News」の順に読んだ。偶々、右派紙から徐々に左派紙に行き、最後に右に戻って読んだことが、問題の所在に対する筆者の理解を深めた。
要点は、統合参謀本部議長(CJCS)のマーク・ミリー将軍が、当時のトランプに纏わる出来事を、著者のインタビューで明け透けに語った内容が、彼をCJCSに止めておけるものかどうかということ。CNNまで読んで筆者は「アウト」と思ったが、「Fox」のタッカー・カールソンの記事の題は「マーク・ミリーがまだ米軍の指揮を執っているのはなぜですか?」だった。
筆者は「台湾防衛法」に関する投稿で、3月に交替した米国の新旧インド太平洋軍司令官が、共に切迫した中国による台湾侵攻の懸念について述べた一方、ミリーが上院で2度、回りくどい表現にしろ、結局その可能性が低いとの見立てを語ったことを書いたので、その言動に注目していた。
ではミリーは何を語ったのか、CNN記事から抜き出してみよう。以下は拙訳の要約で、(*)は筆者の補足。
(CNN)ミリーは(*トランプによる)クーデターの脅威を周囲に話した。彼は起こるかも知れないことを「警戒」せねばと感じた。・・ミリーは「彼(*トランプ)らは試みるかも知れないが、成功しないだろう」、「軍隊なしではやれない。CIAとFBIなしではできない。我々は銃を持つ男だ」と彼の副官らに語った。
(CNN)選挙結果に抗議する11月のトランプ支持派の「ミリオンMAGAマーチ」に先立ち、ミリーはヒトラーが煽った親ナチ民兵に言及し、「現代アメリカの『路上の茶シャツ(*ナチの突撃隊)』に相当する可能性がある」との恐れを副官に述べた。
(CNN)ミリーはトランプの行動呼びかけを懸念し、「トランプは反乱法を発動して軍隊を呼び出す言い訳に期待して、不満をかき立てていると信じる」と言った。1月6日の後、彼は「これは国会議事堂の瞬間だ」、トランプを監視する契機と見ていると副官に言った。
(CNN)12月の陸軍vs海軍フットボールの貴賓室で、ミリーがトランプや補佐官と一緒にいた際、首席補佐官マーク・メドウズと以下のやり取りをした。
「どうなってるの? レイ(*FBI長官)やジーナ(*CJA長官)を追い払うのかい?」、「さあ、チーフ(*メドウズ)、ここで何が起こっているの? 君たちは何をしているの?」とミリーは尋ねた。
「心配は無用だよ」、「一部の人が異動する」とメドウズは言った。
「どうかご注意を」とミリーは応じた。
現職のCJCSが、結局は議事堂進入の外には軍や諜報機関の動員なども含め何も起こらなかったにも拘らず、大統領によるクーデターの懸念を記者のインタビューに赤裸々に話すという、およそ考えられない言動をしている。しかもトランプをヒトラーに準えたり、「我々は銃を持つ男だ」と述べたり、FBIやCIAの長官人事への口出しにまで及ぶ。
前掲拙稿で触れたが、CJCSの職責は大統領と国防長官に対する助言であって、自ら軍を指揮することなど出来ない。タッカー・カールソンも「Postの記者が書いていることは小さな問題ではなく、我々が今対処する必要がある問題だ。なぜマーク・ミリーがまだ米軍の指揮を執っているのかということだ」として、主に2つの点を強調する。
一つは、大統領がCIA長官ジーナ・ハスペルをカッシュ・パテルに替える検討が報じられた際、ミリーはハスペルを維持するべく「どうなってるの?」、「君たちは何をしているの?」とメドウズに言い、そうしないよう大統領の参謀長に圧力をかけた。「これは狂気だ」とカールソンは述べる。
カールソンは、そのパテル(トランプ政権の国防長官代理)にこの本の感想を聞き、パテルはこう応えている。
国の最高の制服を着た将校が彼(*トランプ)の責任を論議し、破るだろうという非常に不幸で悲劇的(*なことを言った)・・これはおそらく法律違反だ。憲法と連邦法は、議長が大統領に軍事問題について助言することだけを許可しているからだ。
カールソンは、CJCSが「そのように(*文民統制に反して)話したり、そういう考えを持ったりするのは信じがたい。彼はヒステリックで、子供っぽいし、観察された脅威に対しても非常に不均衡だ。彼は合理的な判断を下すことができるのだろうか?」とミリーの資質に疑問を呈する。
ペロシとミリーのやり取りも常軌を逸している。1月6日の後、ペロシはミリーに「クレイジー」で「危険」で「マニアック」なトランプが最後の日に核兵器を使う可能性を深く懸念していると言い、ミリーは「Ma-am、(*核使用の)プロセスは優れていると保証します」と述べた。が、ペロシは「どうやって私を保証できるの?」と問い、ミリーは「我々は法的な命令に従い、合法で、倫理的で、道徳的なことだけをします」と答えた。
後にペロシは、「これは泥沼だ。彼(*トランプ)は、科学も統治も信じない蛇油売り(*イカサマ師)で賢い。彼の賢さを称えて下さい」と言い、反乱を扇動したとして、トランプを2回目の弾劾裁判にかけたが、失敗したのは周知の通りだ。が、1月6日を「9.11」に準えた調査委員会の設置は未だ進行中だ。
さて、黙っているはずのないトランプがどう反応したかは「The Hill」に詳しい。16日にこう述べた。
三流本のこれら記述はフェイクで、ミリー「将軍」(マティスは彼を追い払うために欧州に送りたかった)がそう言ったなら、訴追されるか、軍法会議で裁かれるべきだ。クーデター話はなく、クーデターもなかった。・・手がかりのない似非作家と将軍の言葉の浪費だ。・・選挙こそ私のクーデターの形だ。クーデターをやるつもりなら、最も一緒にやりたくないのがミリー将軍だ。・・なぜなら我々が教会へ向かう途中、私は彼に対する信頼を全くなくした。
「教会に向かう途中」とは昨年6月、ホワイトハウスでの演説後に広場を横切ってセントジョンズ教会に向かう際のこと。広場のデモ隊を警官隊が催涙弾で追い払ったのだが、これをメディアはトランプの指示と一斉に報じた。この時、ミリーは迷彩服姿でトランプの横を歩いた。
フロイド事件を契機に各地で暴動が起きた当時、トランプが州兵で抑えられないなら連邦軍を投入すると述べ物議を醸した。異論を唱えたエスパー国防長官は後に辞任、前任のマティスも初めてトランプを批判した。が、州兵で手に負えない場合、知事の要請に基づく連邦軍派遣は憲法上容認される。
後にデモ隊排除はバー司法長官の指示と判明したし、ミリーも迷彩服姿での随行を不適切だったと謝罪した。トランプに纏わるフェイクニュースにはこの種のことが非常に多い。ボルトンの暴露本に続く今回の著作は、果たして来年の中間選挙とミリー将軍の身の上にどんな影響を及ぼすだろうか。