顧客本位は従業員本位である

働き方改革の問題は、物理的な労働時間の問題ではなくて、精神的な労働時間の問題である。楽しいはずもない単純作業を長時間すれば、肉体的にだけではなく、精神的にも疲弊する。楽しい時間は短く感じられ、楽しくない時間は長く感じられる。労働を楽しくすることが先決課題なのである。

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感覚の問題だけではなくて、楽しいからこそ、創意工夫が行われる面も重要である。創意工夫は作業効率の改善につながり、それが真の意味で労働時間の短縮につながる。故に、創意工夫自体も楽しいものになる。

自分の信じるものを、自分が好きなものを、顧客に勧めることは、楽しい。少なくとも、自己を偽る精神的な負担はないはずである。それに対して、自分が信じてもいないもの、欠点を熟知しているもの、自分の嫌いなものを、単に生活のためだけに、無理に顧客に勧めることは、楽しくなく、心を病む原因になるだけである。

真の広告とは、商品のよさを前提として、よい商品だからこそもつ需要創造の力を解放することではないのか。ならば、広告代理店の真の顧客は、依頼主ではなくて、依頼主の顧客である。おそらくは、依頼主の満足を得ようとすることは、楽しくもなく、ときに苦痛である。しかし、真の顧客の立場にたって顧客本位の広告を考えることは楽しい。少なくとも苦痛ではない。

しかし、広告宣伝事業は、とうの昔に、広告の哲学を忘れてしまったのであろう。広告の真の顧客を見失い、依頼主の歓心を買うためだけの広告を作り、結果として従業員に苦痛な長時間労働を強いる、その本質的な病理を表層的な労働時間の問題に矮小化しているのならば、事業に未来はない。

顧客本位と従業員本位とは、企業本位の否定形である点で共通するものがある。顧客の接点は、抽象的な企業ではなく、企業で働く生身の人間である。顧客も人間であり、法人顧客といえども、その接点は、そこで働く生身の人間である。人間と人間の間に共通価値の創造がなされる限り、双方共に楽しいのだから、それは顧客本位であり、同時に従業員本位である。

森本 紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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