米国がここ70年以上にわたり採ってきた台湾有事に係る「戦略的曖昧さ」(両岸に一朝事ある時、米国が軍事介入して台湾を守るか否かを明確にしない戦略)を、バイデン大統領が変更したのかどうかにいま注目が集まっている。
10月21日夜、ボルチモアのCNNタウンホールでテレビカメラ入りで行われたフォーラムに参加したバイデンは、CNNのアンダーソン・クーパーと質問者(共和党支持だという学生)からの質問に答えて、以下のように述べた(ホワイトハウスのサイトより)。
学生:中国が極超音速ミサイルの発射実験を行いました。軍事的に追いつくためにはどうすれば良いのでしょうか? また、貴方は台湾を守ることを誓えますか?(And can you vow to protect Taiwan?)
大統領:はい、その通り。我々は、軍事的に、中国もロシアもそして世界の他の国々も、我々が世界史上最強の軍隊を持っているのを知っている。彼らが我々より強力になるかどうか心配する必要はない。心配すべきは、彼らが重大な過ちを犯す可能性がある活動をするかどうかだ。だから私は世界のどの指導者よりも習近平と話をし、時間を過ごしてきた。だからこそ「バイデンは中国と新たな冷戦を始めようとしている」という声が聞こえてくるのだろう。私は中国との冷戦を望んでいない。ただ我々が一歩も引くつもりがないことを中国に理解してもらいたい。我々の見解を変えるつもりはない。
クーパー:つまり、米国はもしもの時に台湾を守ると貴方は言っているのですか?(So, are you saying that the United States would come to Taiwan’s defense if —) 中国が攻撃してきたら?(China attacked?)
大統領:はい、我々はそうすると約束している。(Yes, we have a commitment to do that.)
フォーラムは夜の8時から1時間半にわたった。春に「プーチンを人殺しと思うか?」と問われ「I do」と答えた時に似て、バイデン自身が「protect」や「defense」の語を口にした訳ではないが、答えは「はい、その通り」、「はい、そうすると約束している」と明確だ。
サキ報道官は翌日、「私がお伝えできるのは、我々の方針は変わっていないということ。彼は政策の変更を意図していた訳ではなく、政策を変更する決定をした訳でもない」とし、オースチン国防長官も「誰も両岸の問題が打撃を受けることを望んでいない-確かにバイデン大統領は望んでいないし、そうすべき理由もない」(23日のAP電)と火消しに回った。
が、バイデンはアフガン撤退期限を控えた8月19日のABCキャスターのインタビューでも、「中国が台湾に『米国はあてにならないだろう』と言っていますね?」とアフガン撤退に係るNATOとの関連で水を向けられ、次のように答えたのだ。
台湾、韓国、NATOの間には根本的な違いがある。我々が置かれている状況は、台湾や韓国の内戦ではなく、実際に悪人が悪さをしないようにするための統一政府が存在するという合意に基づいて協定を結んだ団体であるということ。我々はすべての約束を守った。第5条の神聖な約束をし、実際に誰かがNATOの同盟国に侵攻したり、行動を起こしたりした場合、我々はそれに対応することにした。日本でも、韓国でも、台湾でも同じだ。その話は(アフガンとは)比較にならない。※()は筆者補足。
NATO第5条は、締約国に対する武力攻撃を全締約国に対する攻撃と見做し、国連憲章の認める個別的又は集団的自衛権を行使することを謳うが、バイデンは台湾防衛を、NATO締約国や軍事同盟を結ぶ日韓の防衛と同列に置いた。ホワイトハウスが「失言だった」と取り繕ったが、原稿なしのインタビューで2度同じことを言うからには、そう考えていると見るべきだ。
ブリンケンも10日、「中国が軍事力を利用して台湾の現状を変えようとした場合、米国は同盟国と共に対応すると述べた。ただ具体的にどのように対応するかは明らかにしなかった」(11日のロイター)。ブリンケン発言は、率先垂範式だった前政権と違って「皆で横断歩道を渡る」式の現政権方針を踏まえている。
ところがバイデン発言に対する北京の反応といえば、環球時報が社説で以下のように「バイデン政権は台湾を守らない」との主旨を述べ、筆者には気持ちの悪いくらい平静に思えた。
8月20日社説
台湾島の分離独立派に警告したい。バイデンが不用意に吐き出した痰の中を泳ぐな。米国が関心を持っているのは、台湾が大陸と対峙し、台湾を利用して大陸の発展を抑制することを奨励することであり、台湾を「守る」ことはない。
10月22日社説
バイデンには、戦争が起きたときに米軍が「台湾を守る」と発表する政治的権限はないし、台湾海峡で中国大陸と戦略的に衝突して、絶望的な戦いが勃発するまで台湾分離派を支援し、台湾島をめぐる底なしの戦争のリスクを米国人に負わせる自信もないだろう。だから、あえて口を滑らせたとしても、心の底から本気でそう思っている訳ではあるまい。
■
米国の「戦略的曖昧さ」は、台湾と断交した79年に議会承認された台湾関係法に由来する。そこで「米国は台湾が十分な自衛能力を維持するために必要な量の防衛品および防衛サービスを台湾に提供する」とし、また「ボイコットや禁輸を含む平和的手段以外で台湾の将来を決定しようとするいかなる取り組みも、西太平洋地域の平和と安全に対する脅威であり、米国にとって重大な懸念であると考える」ことを約している。
つまり、「台湾の将来」が「脅威」となり」、それが「米国にとっての重大な懸念であると考える」事態になった時に米国がとる行動について、軍事行動を含むとも含まないとも言っていないところが「曖昧」たる所以だ。
とはいえ軍事行動以外の「制裁」なら、不公正な貿易慣行、香港やウイグルでの人権蹂躙、サイバーセキュリティ―などの観点から、前政権を引き継いで既に可成りのことをやっていると関税率や華為の凋落から判る。さらに踏み込むとすれば、米国も返り血を浴びる香港ドルの米ドルの自由兌換禁止と軍事行動くらいか。
だが、環球時報社説に見る北京の平静さは、バイデン発言の重などほとんど無視しているかのようだ。なぜだろうかと考えて思い付くのは、ボブ・ウッドワードらが近著「Peril」で暴露したミリー統合参謀本部議長(CJCS)による、中国人民解放軍のカウンターパート李将軍との2度のやり取りだ。
ミリーは、大統領選直前の20年10月30日と議事堂暴動2日後の21年1月8日に李将軍に電話をかけ、「我々は貴方を攻撃したり、動的な操作を行ったりするつもりはない」、「貴方と私は5年間互いを知っている。攻撃するつもりなら、前もって貴方に電話するつもりだ」と述べた。<参考拙稿「ミリー米JCS議長が中国JCS議長に架けた驚愕の電話とは」>
9月28~29日に上下両院で開かれたアフガンからの米軍撤退に関する公聴会に国防長官と中央軍司令官と共に召喚されたミリーは、この電話の件を「自分の行動を全面的に弁護し、中国高官との通話は適切で、多数の大統領高官がそれを認識していた」と述べている。
大統領高官とは「メドウズ首席補佐官やポンペオ国務長官」で、電話は「エスパー国防長官、ミラー国防長官代理のスタッフや省庁間で調整された」とした。さらに「私は大統領が中国を攻撃する意図を持っていなかったと確信し、その意図を中国側に伝えることは、私の長官によって指示された責任でもある」とも述べた。<参考拙稿「ミリー統合参謀本部議長は米議会公聴会で何と答えたか」>
要すれば、大統領と国防長官に助言する重責を担うCJCSが、中国のカウンターパートに電話で「攻撃するつもりなら、前もって貴方に電話するつもりだ」と告げることを、大統領首席補佐官や国務長官、そして国防トップも承知していた。但し、当時の大統領トランプにだけは告げずに。
これが事実なら、目下の台湾に対する圧力は、「攻撃の事前連絡が米国から入る」ことを北京が踏まえてのことになる(無論、台湾有事に限るまい)。ならば「米国が台湾への防衛義務を認めることは、米国が中台関係について長く維持してきた『戦略的曖昧さ』方針からの離脱を意味する」(10月23日BBC)などと報じたところで、飛んだ茶番ではなかろうか。
筆者には、米議会や国際社会がこのミリーの言動を余り重要視していないように見えることが不思議でならない。バイデンが耄碌しているとか、習近平が「台湾統一を果たさねばならない」とかの問題以前に「米中が握っている」ことになるからだ。
筆者は19年4月の「どこまで本気か?台湾を巡る米中対峙」の結語に、「結局のところ米中も(そして台湾も)今のままが結構心地良さそうではないか。少々大胆過ぎる結論だが、少なくとも米中の武力衝突などとてもあり得ず、仮にあってもそれは『注射』に過ぎないのではなかろうか」と書いたが、今改めて同じ感慨を懐いている。