合わせ技でどの位デルタ株のピークアウトを説明できるか

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(モンテカルロシミュレーションで検証 連載43)

連載39では、ピークアウトのメカニズムとして、(1)ワクチン効果、(2)免疫効果(山火事理論)、(3)ウイルスの自滅効果、について個別に検討し、日本のデルタ株第5波のピーク収束部の狭い幅を再現するには、ウイルス自滅の仮説を採用することが最も適当であると結論しました。

本稿では、免疫効果(山火事理論)について、他の要素、ワクチン効果と人流抑制効果との合わせ技で、ウイルスの自滅を仮定せずに、どの位デルタ株のピークアウトを説明できるか検討します。

1. ウイルス自滅効果

ウイルスには、変異の重なりで自滅する等の原因で、寿命があると仮定するものです。

図1は、自滅効果を入れたシミュレーションで再現した日本のデルタ株第5波のピークです(紫色)。この計算には、連載40で検討したワクチン効果と連載41で扱った人流抑制効果が入っています。感染確率に対するそれぞれの抑制因子を黄色破線(ワクチンの抑制因子)と水色破線(人流抑制因子)で表しています。

ウイルスの寿命による因子は紫色破線で示していて、寿命52目の8月22日にゼロになるステップ関数です。この日を境に感染をゼロにしています。それでは何故、寿命以降も陽性者が出現するか。理由は、8月22日以前に既に感染した人が陽性者となって現れるからです。

この事情は連載4で簡単な例で説明しました。ある日、感染者1000人が一度に入国します。入国に際しては完璧に感染を防止できる透明軽量の「カンペキマスク」をつけてもらいます。これらの感染者は自覚症状がないので、入国後自由に行動します。さあ、どうなるでしょうか。

結果、新規陽性者の日毎変化が図2の赤線です。シミュレーションモデルでは、感染者は1週間で発症、更に1週間で陽性判明入院、そこから2週間で回復または死亡というモデルを設定しています。

実際は個人差があり、平均値がこれらの日数となるような確率的事象として扱い、結果は図2のようなポアソン分布と呼ばれるものになります。この図2は、全く感染がなくとも、それまでの感染者が存在するだけで、新規陽性者の日毎変化は、感染が広がって、そして収束するように見えることを示しています。これが寿命以後、陽性者のテールが存在する理由です。

このことは重要な事実、即ち、デルタ株の第5波の現在の収束状況は、感染は実質ゼロということを示しています。この状態は、これまで行ってきたシミュレーションでは非常に希な例で、最初の武漢の収束時のデータ(データの真偽は定かではありませんが)が同じ状態でした。ある程度以下に感染確率を小さく変化させると、上に述べたポアソン分布のテールに隠れて陽性者の振舞いに変化がなくなります。

2. 免疫効果(山火事理論)

山火事理論は、「感染爆発が起きると、燃えやすいところが燃え尽きることで周りに弱いながらの自然感染免疫ができて収束する。結果、一過性の集団免疫のような状態になる」という仮説です。SIRモデルの基礎でもある、罹患した人が獲得した免疫にリンクして感染抑制が働きピークアウトするというメカニズムの1種です。

図3は、デルタ株のピークで罹患可能な人の全てが感染し免疫を得たという仮定の結果(赤線実線)です。山火事理論で言うと完全燃焼です。今回は、ワクチン効果、人流抑制効果も同時に入っています。赤色破線が、この時の感染者が獲得した免疫による抑制因子です。

図3の結果(赤実線)より幅が狭い分布は、どうしても出せなかったのですが、なんとかウイルス自滅の仮定を用いず、ワクチン効果、人流効果、と山火事理論の合わせ技で第5波のピークを再現することが出来ました。

山火事理論の問題点は、安全燃焼の人数、第5波の場合約85万人以外の人はどのように感染から守られているかという点です。これについては、PCR検査による新規感染者数の延べ数の約4倍の無症状の感染者が出ていたという報告、そもそも日本人は免疫力の強い人の割合が高い(ファクターX)、マスクの装着率の高さ、三密回避等の感染防止策の徹底、等の要因はありますが、定量的に示すのは難しいように感じますが、メカニズムとしては魅力ある仮説です。

もうひとつの問題点は、連載39でも示しましたが、安全燃焼から少しでも漏れがあると、ピーク幅は急激に広がるということです。図4の青実線は、免疫による抑制因子が80%(青破線)の場合、即ち20%の漏れがある場合の結果です。ピークの形は大きく変化します。

3. ウイルス自滅と山火事理論

両者ともメカニズムとして未解決の問題点はあります。ウイルス自滅仮説では、これまで観測された種々のピークアウトがどの位まで、この仮説で説明できるのか、その物証はあるのか、寿命は何で決まるのか、一定なのか、等、山火事理論では、上に述べたような、罹患できる人数はどのように決まるのか、また、国民性の違いなどを入れて、いろいろなケースを説明できるのか、等々。

一方、このふたつの仮説から導かれた感染確率に対する抑制因子に関して大きな差はありません。図5に、両者の抑制因子、ウイルス寿命の場合のステップ関数を紫実線で、山火事理論の免疫抑制因子の変化を赤実線で示してあります。寿命の場合、現在の計算では一律の寿命52日に設定していますが、より現実的には分布があるはずで、そうすると寿命による抑止因子の形はより赤線の免疫抑制因子に近づくはずです。

デルタ株第5波の急激なピークアウトを記述するには、紫線、赤線のような急激に変化する因子が必要になります。ワクチン接種の進展、人流の変化は、このような急激な変化をもたらすことは不可能で、ピークアウトの決め手にはなり得ません。ウイルス自滅と山火事理論は、急激なピークアウトを説明できるメカニズムとして両者とも魅力ある仮説です。今後の実証的な研究で、その微視的なメカニズムや妥当性が解明されていくことを期待します。

これまで行ってきたシミュレーションは、基本的に現象論でピークアウトのメカニズムの仮定はありませんでした。従って、ピークアウトの時期、大きさの予測は不可能でしたが、ウイルス自滅仮説と山火事理論はメカニズムですから、ピークの立ち上がりの情報からピークアウトの時期や大きさをある程度予測できるはずです。まずは、どちらのメカニズムの方が、予測性能があるのか、過去のデータを用いて検証していきたいと考えています。