北京が晒される五輪ボイコットと民主主義サミットの洗礼(後編)

北京に「民主主義」と「人権の尊重」が不可分であることの認識がないとすれば、それは共産主義に内在する特質の一つだからであろうし、また意図的に関連付けて論じることを避けているなら、それは北京の傲慢、独り善がり、そしてご都合主義の表れに相違ない。

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北京もきっと見ているはずの我が国の外務省サイトに、「国際社会における人権・民主主義(我が国の基本的考え方)」なるページがある。そこには次の記述がある。

1. 人権及び民主主義を巡る国際的動向

人権は国際社会共通の普遍的な価値であり、民主主義と人権は相互に依存しかつ補完し合うもの。冷戦の終焉により、国連を含む国際社会において、人権・民主主義の議論が活発になり、普遍的価値の促進に向けた議論が進んでいる。特に、1993年にウィーンで開催された「世界人権会議」では、人権が普遍的価値であり、国際社会の正当な関心事項であることが確認された。

3. 民主主義分野

(1)基本的考え方
民主主義の基盤強化と人権保護は相互に依存しかつ補強し合う関係にある。民主主義の基盤強化は統治と開発への国民の参加及び人権の擁護と促進につながり、中長期的な安定と開発の促進にとり極めて重要な要素である。

4. 人権・民主主義分野での協力

(1)人権・民主化支援の意義
人権の保護・促進や法の支配に基づく民主的諸制度の促進は国連の主要な目標の1つ。民主化や人権を保護・促進し、個々の人間の尊厳を守ることは、国際社会の安定と発展にとって益々重要な課題。

人権と民主主義とが必ず並べて記述されている。この様な「我が国の基本的考え方」が、国際社会の人権と民主主義に関する基本的な考え方でもあるのではなかろうか。とすれば、人権の観念が全く欠如した北京の云う「全過程人民民主主義」を筆者が理解できなくとも致し方ない。

ホワイトハウスは現地時間7日、「民主化サミットに関する米政府高官によるプレスコールの背景」と題する報道陣との問答の邦訳ベースで9000字余りの議事録を掲載した。

その中で匿名の「上級政府関係者」らは、「勿論、我々も含め、完璧な民主主義は存在しないことを理解している。サミットは、民主主義の活性化に向けて注目を集め、国際的な行動を起こすための特別な機会だと考えている」とサキ報道官と同様の発言をしている。

余りに繰り返されると言い訳めいて鼻に付くが、オバマ政権以来の社会分断がこれほどに激しくなると、これが本音なのだろう。議事録にはその辺りに関する次のような問答がある。

問:講演者の何人かは、米国が完璧ではないことを繰り返し話し、大統領は民主主義における米国自身の課題について話すと言っています。 では、米国自身の課題や改善すべき点について、どの程度具体的に説明されるのでしょうか?

答:大統領は就任以来、国内の民主主義が直面している課題について率直かつ明確に述べてきました。 今回のサミットでもそのような姿勢を見せてくれるものと期待しています。大統領は、マーチン・ルーサー・キングJr.記念館の10周年記念式典で、投票権と民主主義について長々と語り、「大嘘」を批判し、投票権法の必要性を訴えました。大統領は、アメリカ人の憲法上の権利と選挙の完全性を、全国の人々、特に共和党の議員たちが行っている組織的な攻撃から守ることが必要であり、この歴史的な脅威には強力な投票権法が必要であると、はっきりと述べています。 そして、この歴史的な脅威には強力な投票権法が必要であるということです。

「大嘘」とはトランプが繰り返し訴える大統領選挙での不正非難だ。彼に関して民主党が緩やかな投票権を主張するのに対し、共和党知事を戴く州では郵便投票の制限やIDの提示などその厳格化を求めて、来年の中間選挙、再来年の大統領選挙に向け火花を散らしている。

台湾の民主主義に関連して北京の主張する民主主義についての問答もある。

問:台湾はサミットで発言する役割があるのでしょうか? また、どのような役割を果たすのでしょうか? 台湾を招待することで中国を怒らせることを政権は心配していたのか? また、中国政府が発表した新しい論文の中で、台湾は実際に民主主義の一形態であり、北京も民主主義の一形態を持っているという中国の主張に対して、どのように考えていますか?

答:我々は台湾を先進的な民主主義国家だと考えています。 台湾は、透明性や応答性の高い、活気に満ちた民主主義を推進してきた確固たる経験を持っていて、これは強力な手本。また台湾は、偽情報から身を守るためのベストプラクティスを開発し、新しいテクノロジーを活用してガバナンスの透明性と応答性を高めることにおいて、世界のリーダーであると考えています。

台湾が蔡英文総統の出席を断念し、オードリー・タンIT担当長官を出席させることから、回答者が情報戦に対するベストプラクティスに触れたのだろう。タン氏を知る台湾の知人によれば、コロナ禍ならではのバーチャルによる業務の活性化や効率化などでも蔡政権のパフォーマンスを高めているそうだ。

後段の質問には次のように答えている。

答:今回のサミットは、民主主義の刷新のための肯定的なアジェンダを提示し、民主主義国が直面する最大の脅威に集団行動で取り組むことを目的としています。民主主義は、その核心部分が脆弱であるのに対し、民主主義が本来持っている刷新と軌道修正の能力により、複雑な課題の解決策を見出すための柔軟性、包摂性、回復力を備えています。だからこそこのサミットの目標は、一国の政府にとどまらないものだと考えています。 このサミットは、多様な参加者を集めて、民主主義再生のための共通の基盤を築くことを目的としており、それは強力なストーリーになると考えています。

北京による米国の民主主義の脆弱さへの指弾では、3月のアラスカ米中外相会談で楊潔篪共産党政治局員がブリンケン国務長官に予め用意していた長台詞を喋り、図星を指されたブリンケンが帰ろうとする記者らを呼び止めて、「米国はこれらの課題に透明に立ち向かい、隠していない」と近平の隠蔽体質を皮肉ったことが記憶に新しい(参考拙稿「脚本通りだった!? 米中外交トップのアラスカ会談」)。

ここにも北京の屁理屈民主主義に対する、在り来りだが正しい対応策の一つが示されていると思う。つまり北京の弱点は「人権無視」と「隠蔽体質」を突かれることだ。彭帥事件はこの両方の要素を孕んでいるからこそ、北京はうろたえて甚だ拙い糊塗策に終始している。

米下院が8日、彭帥さんが無事だとする北京の主張を鵜呑みにするIOCを、「北京冬季五輪に参加する選手の権利を守る意志や能力があるのか疑問だ」と非難し、彭帥事件を巡るIOCの対応を批判する決議案を全会一致で可決したのは、米国議会がこのことを理解していることの証左だろう。

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