ドイツのローマ・カトリック教会司教会議(DBK)のゲオルグ・べッツィンク議長(Georg Batzing)は1月30日夜のARDのトークショーで、先月20日に公表されたミュンヘン大司教区とフライジンク司教区の聖職者の未成年者への性的虐待報告書の中で、同大司教区の最高指導者であったヨーゼフ・ベネディクト16世(当時ラッツィンガー大司教)が適切に対応しなかったと指摘されたことについて、「自分の対応は間違いだったと認め、犠牲者に対し謝罪を表明すべきだ」と述べた。
ドイツ出身のローマ教皇として、ドイツでは絶対的な信頼を受けてきたベネディクト16世(在位2005年4月~2013年2月)の「過去」問題について、ドイツ司教会議のトップの発言が報じられると、教会内外で少なからずの衝撃を与えている。
同報告書はミュンヘン大司教区が弁護士事務所WSWに要請し、1945年から2019年の間の聖職者の未成年者への性的虐待問題の調査を実施したものだ。ベネディクト16世は1977年から1982年まで同大司教区の最高指導者だった。
報告書によれば、ベネディクト16世は大司教時代、「少なくとも4件、聖職者の性犯罪を知りながら適切に指導せず、1人の神父(ペーター・H)は1980年、エッセン司教区で性犯罪を犯してミュンヘン大司教区に送られたが、その後も聖職を継続し、29人の未成年者に対して新たに性的犯罪を繰り返したという(「前教皇は聖職者の不祥事に対応せず」2022年1月22日参考)。
ベネディクト16世は弁護士事務所の質問に書簡で返答し、「同神父の対応についての会合に自分は参加していなかった」と弁明したが、報告書の発表後、「会合に自分は参加していた」ことを認め、「書簡で返答する際に事実関係で誤認が生じたためだ。対応しなったという批判は間違いだ」と述べている。ベネディクト16世の秘書、ゲオルク・ゲンスヴァイン大司教は「虚偽の陳述は編集上の誤りだ」と弁明している。
ベッツィンク議長はベネディクト16世に対し、「声を上げて『私は罪がある。私は間違いを犯した、私は犠牲となった人々に赦しを請わなければならない』というべきだ」と強調した。多分、司教会議議長の発言は正しいが、ローマ教皇を務めた人間に対して、「お前は間違った。許しを請うべきだ」と主張することは容易ではなかったはずだ。ミュンヘン大司教区の聖職者の性犯罪報告書が発表されると、ベネディクト16世への批判の声がドイツ教会内で出始めたのだ。
オーストリアの聖職者の性犯罪を調査したクラスニック氏は30日、「謝罪できないほどの高い階級は存在しないはずだ」と指摘、前教皇といえども間違いがあれば、それを正直に告白して許しを請うべきだと述べている。
同報告書によると、「少なくとも497人が犠牲者で、加害者は173人の神父と9人の執事を含めば、少なくとも235人の教会関係者だ。ただし、それは氷山の一角で実数はもっと多いことが推測できる」という。ドイツの報告書は「(聖職者の性犯罪問題で)教会側の組織的な欠陥、責任者の対応ミスがあった」とはっきりと問題点を指摘しているのだ。
実際、ミュンヘン大司教区とフライシング大司教区での性的虐待に関する報告書が発表されて以来、他にも数十人の犠牲者が新たに申し出てきたという。彼らは大司教区のホットラインに連絡したという。
ミュンヘン大司教区ではラッツィンガー大司教のほか、フリードリヒ・ヴェッター枢機卿(1982~2007年)や、ラインハルト・マルクス枢機卿(2008年以降)ら、ミュンヘン大司教区の過去の責任者の名前が報告書には出てくる。マルクス枢機卿は同大司教区の現責任者であり、フランシスコ教皇の信頼を得ている枢機卿顧問会議の1人だ。
2012年から20年2月まで、独司教会議議長を務めてきた。そのマルクス大司教も聖職者の性犯罪や不祥事をバチカンに報告していなかった。マルクス枢機卿は1月27日、同大司教区での聖職者の性犯罪について謝罪を表明し、「最大の罪悪感は、犠牲となった人々を見落としたことだ」と述べている。
アシャッフェンブルクでは日曜日の礼拝を今後3週間停止すると発表した。教会関係者や平信徒たちは、「スキャンダルは神の言葉とそれを参照する秘跡への裏切りだ。礼拝の代わりに、聖職者の性犯罪の犠牲となった人々の話を聞き、ミュンヘン大司教区とフライジンク教区での虐待の事例に関する報告を読みたい」という。
フランス教会でもスペイン教会でも聖職者の性犯罪が次々と暴露され、公表されてきている。それを受け、聖職者の性犯罪は隠蔽すべきではなく、隠蔽した指導者も同犯という理解が広がってきている。今回は前ローマ教皇が聖職者の性犯罪を隠蔽、ないしは適切に処置しなかったという容疑で追及されているわけだ。
インスブルックの神学者ローマン・ジーベンロック氏は、「カトリック教会は虐待に対処する過程で広範囲にわたる改革を必要としている。ベネディクト16世は教皇のローブを脱いで、普通の聖職者としてヨーゼフと呼ばれるべきだ」とまで言い切っている。
ベネディクト16世は2013年2月、突然、生前退位を表明して以来、バチカン内のマーテル・エグレジェ修道院で生活している。近代のローマ教皇の中で最も優れた神学者といわれ、長い間、教理省長官(前身・異端裁判所)を務めたベネディクト16世は大司教時代の自身の過ちを認識できないはずはない。それともローマ教皇だったというプライドが口を閉ざさせているのだろうか。
ベネディクト16世は報告書(約1600頁)を読んでから、批判に対して返答するという。今年4月16日で95歳になる前教皇にとって、今回の報告書の内容と自身への批判は70年以上聖職者として献身してきた人生への審判と感じているとすれば、非常に辛いことだ。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2022年2月2日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。