金利機能の回復で財政膨張も修正を
米国がインフレ抑制に向けて金利引き上げに踏み切り、今年7回の利上げを想定しているとの姿勢を示しました。市場に大胆かつ明瞭な方針を伝えました。一方、日銀は18日の金融政策会合で「現在の金融政策を修正する必要はない」ことを確認し、欧米とは真逆な政策を継続する構えです。
米国との金利差が広がれば、1㌦120円以上にまで円安が進むとの観測がなされています。円の実質為替レート(複数通貨での加重計算)はすでに50年ぶりの低水準です。高騰している原油などの資源価格は円安でさらに上がり、一般的な輸入品も円安で値上がりし、暮らしに与える影響はさらに深刻になっていく。
黒田日銀総裁による異次元金融緩和(ゼロ金利政策)は13年3月から始まり、「2%の物価上昇」を2年で達成すると公約しました。あれから8年以上、何度も達成時期を先送りし、金融緩和とセットにした財政拡大政策(アベノミクス)も続けた。「成果は極めて乏しかった失敗策」が正統派エコノミストの評価です。
それがやっと「2%上昇」に手が届くところにたどりつきました。黒田総裁自身は18日の記者会見で、「物価上昇が2%程度になる可能性がある」と認めました。昨年4月の携帯電話料金の大幅に引き下げで、前年比の上昇率が1.5%㌽程度押し下げられてきた帳消し効果が4月以降は消え、さらに輸入物価の上昇と円安が響き、春以降は「2%以上」の物価上昇になるでしょう。
本来なら「やっと目標を達成できた」と喜び、「異次元金融緩和と財政拡大政策を転換する」と表明するところです。それが違うのです。黒田総裁は「物価上昇の大半が輸入物価で、金融政策を修正する必要性はまったくない」と断言しました。
さらに「資源価格の上昇の影響が大きい。コストプッシュ型の物価上昇は景気の下押し要因となる」と、指摘しました。あれあれっ。物価上昇には、コストプッシュ型と好景気型(需要増による物価上昇=デマンドプル型)があります。前者は「悪いインフレ」、後者は「いいインフレ」と言われます。
黒田氏は異次元緩和政策を開始した当初、この問題にまったく言及していません。黒田氏が拠り所とするマネタリズム(貨幣数量説)では、「通貨供給量の変動が物価水準を決める」としているからです。それが今回、明瞭に「コストプッシュ型の物価上昇は好ましくない」と説明しました。今頃になって、あれあれです。
ゼロ金利、洪水のような通貨供給増で円安がさらに進み、円の実力は50年ぶりの低水準に落下し、それが資源を含む輸入価格を上昇させています。アベノミクス前の1㌦=75円(11年10月)から急降下し、今週末現在では119円です。ある程度の円高を維持していれば、輸入インフレをこれほど懸念する必要はなかった。
その意味でも、今後は金利引き上げを目指すというべき時です。黒田氏は「円安が経済・物価にプラスになる基本的な構図は変わっていない」と、これも断言しました。主要国が自国通貨高を目指している中で、円安歓迎というのは、これも真逆の通貨政策です。企業の海外移転、直接投資が進み、円安より円高メリットのほうが大きくなっている。円安は日本の安売りと同じことです。
アベノミクスはデフレ脱却が当初の目的であったのに、次第に円安誘導、株高誘導、赤字国債の増発誘導に転換していきました。金利のかからないゼロ金利下で、国債増発に歯止めがかからなくなった。金利機能が働かず、ゾンビ企業(死に体企業)が延命を続け、産業の新陳代謝が進まず、低成長の原因になる。
異次元緩和開始の直後から、「日銀、「出口」なし!」(日銀ウォッチャーの加藤出著、朝日新書)との批判が聞かれました。いったん、この道に迷い込んでしまうと、抜け出すに抜け出せない。米国はできるだけ短期で金融政策から転換しようとしているのに、日本はもう10年近く続け、まだ向きを変えようとしない。
世界最大の財政赤字(GDP比率)の放漫財政体質から容易に転換できない。金融緩和の終了過程では、崩れ始めた株高にさらに懸念が生じる。だから政府、日銀は異次元緩和から足を抜けない。そうは言えないから、「コストプッシュ型の物価上昇、円安メリット、為替政策は財務省の権限」(総裁会見から)などと苦し紛れの説明に追い込まれているのです。
編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年3月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。