止まらないエスカレーション、でも恐れてはならない

ポイントオブノーリターン

ロシアの一方的な侵略で始まったウクライナ戦争は早一か月目に突入しようとしている。その間、ロシアは国際経済から放逐され、2014年のクリミア併合で失ったG8の地位だけではなく、G20の立場も失おうとしている。そして、最近ではプーチン氏は個人制裁の対象になるだけではなく、戦争犯罪人として烙印が米国により押された。

いよいよプーチン・ロシアは国際的に孤立したパーリア国家として北朝鮮、シリアなどと同等の扱いを受けるようになっている。

怖いのは、国際社会のロシアに対する一連の対抗措置がもはやロシアを交渉可能なパートナーとして見なしていないことである。プーチン氏を戦争犯罪人とすることは、もはやプーチン氏が政権から退かない限りは、ロシア経済をどん底まで落とし込むと宣言しているようなものである。

一方、ロシアの方を見ても西側と妥協点を見つけ出すことが容易ではない。ロシアは最大限の見積もりでは既に数万人という死傷者を出しているが、メデイア規制により少なくとも劣勢ではあるという現状が露国民には伝わっていないようだ。しかし、一転してそれが伝わってしまえば反発は避けれない。そうなればプーチン氏は兵隊の死に激高する国民と対峙せねばならず、以前その機会があった時はあまりいい思いをしなかったはずだ。

プーチンとしては何が何でもウクライナ戦争以前の現状よりも大きな利益を得なければ国民からの理解を得られない状況にある。また、歴史通であるプーチン氏は彼が敬愛するエカチリーナ2世の夫であるピョートル3世が戦争から無理やり撤退したことが彼を失脚させる一因となったことを知っているはずであり、同じ轍を踏みたくないであろう。

そして、仮にロシアとウクライナの停戦が一時的である成立しても、ロシアがパーリア国家であるという西側の認識、何とかして結果を出さなければならないというロシアの関係性は平行線を辿る以外は無いであろう。それゆえ、ロシアと西側の関係はポイントオブノーリターン(後戻りができない地点)に到達してしまった感が否めない。

筆者は以上で述べた西側の対抗措置はプーチン・ロシアにとっての当然の報いであると考える。それどころか、戦後国際秩序が揺るがされるという事の重大性を鑑みればある程度の反発を覚悟してでも西側が課さなければならない類の罰則であるはずだ。しかし、それを分かっていても、とめどなくエスカレーションしていく情勢の展望に悲観的にならざるを得ない。

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化学兵器の使用はレッドラインか

そして、ウクライナでの紛争の当事者国が皮肉にも順調にエスカレーションラダーを上っていると実感するのが、化学兵器の実戦使用をロシアが検討しているという報道である。化学兵器は大量破壊兵器の一角を占めており、事実ではなかったもののイラクのフセイン政権がそれらの兵器を保有しているという情報はアメリカをイラク戦争に駆り出すほどのインパクトを与えるものだった。しかし、ロシアが核保有国である以上、ロシアが大量破壊兵器を保持するだけではなく、使用したからといってアメリカがイラクのように介入はできない。

ただし、化学兵器が実際に使用された時に何もしないという選択肢はあり得ない。使用が確認されてもなお、アメリカを含めた西側が沈黙を貫けば、さらに事態はエスカレートの一途をたどり、核兵器を使用する機会の窓が開いてしまう。その可能性の芽を摘むために、先手を打つことでロシアによるエスカレーションを抑止しなけれなならない。さらに、中国や北朝鮮などの国々が有事の際に同様の行動を取っても許されるというメッセージを与えることにつながりかねない。

エスカレートを恐れてはならない

現状においてエスカレーションを抑止をするということは西側も軍事力行使の可能性を持って事態に臨むという覚悟が求められる。そして、それが到達する結末はロシアと西側により核兵器の応酬であり、特にアメリカはそのような可能性に及び腰である。

だが、理解しなければならないのが、ロシア側も西側と同じように核戦争については及び腰であるはずであるという点である。ロシアが核による恫喝を続けているのは一種の劣等感から来ている。ロシアは冷戦中では西側を欧州方面で圧倒していた通常戦力も、ソ連の解体に伴う経済の不振、技術開発の遅れなどが重なり、現在では西側に遅れを取り始めている。そのような状況で唯一ロシアが西側と対抗する術が核兵器であり、現状においてはそれを用いた脅しが功を奏している。

しかし、脅しに使用することと、実戦で使用することはまた違う話である。核兵器は広島、長崎以後一回も実戦で使用されなかったことには十分な理由がある。それは核がもたらす物理的な破壊力と非人道的な惨状との間で均衡がとれる政治的目標が存在しないからである。そして、ひとたび核のタブーが解き放たれたならば、そこから派生する世界線は誰も予測しえないものであり、不確実性が極めて高い。それゆえ、ロシアが実際に核戦争に及ぶ明確な意志があるかどうかも検討する余地はあるはずだ。

プーチンの野望を打ち砕け

プーチン氏の野望はウクライナの支配だけに留まらない。彼の歴史認識が示唆するように彼が渇望しているのはロシア帝国の勢力圏であり、その勢力圏に属する国家がロシアへ従属することを望んでいる。しかし、そのような世界観は帝国主義的なものであり、民族自決、国家主権が基本的な価値観とされている現在国際社会には到底そぐわないものである。また、大国に隷属することが是とされる世界に住むことはミドルパワーである日本や、世界の大多数を占める大国以外の国々にとっては許容できない。

プーチン氏の野望は必ずや打ち砕かなければならない。核保有国が何をしても許される世界は核保有国に囲まれる日本にとっては死活問題である。それゆえ、西側も戦略核を用いた全面戦争という最悪の事態を回避する範囲内で率先してエスカレーションラダーの主導権を握る努力をしていかなければならない。