日経の調査報道の新手法が示唆する新聞の生き残る道

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データ分析ジャーナリズムに活路

読者の新聞離れが急速のうえ、コロナ対策の影響で情報源との接触が細り、新聞記者の取材力が低下し、新聞社は四苦八苦です。コロナ危機やロシアが仕掛けるウクライナ戦争の記事を満載し、かろうじて紙面を作成してきたものの、読者には飽きがきています。

そうした中で経済専門紙・日経が新手の調査報道に活路を見出そうとしているようです。新分野の開拓では他紙に明らかに先行しています。公開、未公開の情報、映像、データを活用し、事実、真実に迫る調査手法が効果を挙げてきたと思います。

3月31日の一面トップは、「プーチン氏、侵攻で『緊張』。ストレスが平時の4割増。声で心理分析」でした。前文に「日経新聞はプーチン氏の大統領演説などから音声を解析し、心理状態を探った」と明記し、独自の調査報道であることを強調しています。日経がそこまでやるのか。おやっ、でした。

プーチン氏のストレスの水準を示す4枚のグラフを載せ、「高く振り切れて深刻なストレス状態」(3/10)、「全体的に低いが、完全に落ち着いていない」(3/18)などと説明しています。民間企業の「リスク計測テクノロジーズ」(横浜)の協力を得て、心の乱れを分析したそうです。「協力」と付記しているところをみると、日経独自のノウハウも駆使しているのでしょか。

この問題では、バイデン政権がプーチン氏の精神状態を重視し、日経はワシントン発で「精神分析を最優先課題にしている」(3/5日)との記事を載せています。それをヒントに調査報道に着手したのでしょう。日本でも防衛庁あたりが同種の分析はしているに違いありません。政府側はその結果をなかなか出さないでしょうから、独自に分析に取り組んだ。そこは評価すべきでしょう。

4月1日にはやはり一面トップで、「食品値上げが店頭に波及(パン、冷凍食品など主要14品目中、9割も)。物流・原料高による。4月以降も加速」を掲載しました。インフレ不可避の啓発記事です。ウクライナ戦争から一転して、国民の暮らしをテーマするなど、なかなか考えています。

これも「全国のスーパー470店の販売データを集める日経POS(販売時点情報管理)をもとに分析した」と明記し、日経独自の調査報道であることを強調しています。政府の調査統計は発表が遅れるのに対し、日経POSはリアルタイムで売り場の価格動向を調べている。何年か前に大学教授と協力して開発し、他紙はこの分野では追いつけないでしょうし、日経は自社のビジネスにも使える。

3月22日は、これも一面トップで、「政策効果を検証できない国の事業が乱立。3割は成果を図れず。事業終了時の目標なし。財政規律は緩む。日経新聞が点検」。公表されている1400事業を調べた。手作業にしては手間がかかるし、これも独自の分析手法を開発しているのでしょか。

意外だったのは、北朝鮮の弾道ミサイルの落下したとされる海域の状況調査です。「船舶情報サイト、マリントラフィックの航行データを使って日経新聞が調べた。周辺の海域を10隻前後が航行していた。貨物船、タンカー、漁船などが含まれる」(3/25)。加工した画像つきで、日経もなかなかやります。

ウクライナ戦争についても、民間の米衛星運用会社の画像をもとに、日経が爆撃、破壊の状況を独自に分析した画像付きの記事が先月、掲載されました。新手の調査報道を充実させるために、手広く体制を組んでいると想像しました。日経のサイトでは、経営方針として「公開、未公開の様々な情報、統計を切り口に分析するデータジャーナリズムの手法を駆使する」とあります。

他紙の調査報道はどうか。朝日新聞のホームページに「こちら調査報道班」の紹介が載っています。「ニュースになりそうな情報、写真を広く求めています」「情報窓口を設置し、市民生活に影響を及ぼす不正や不当な行為を調査します」とあります。

社会からの情報提供、内部告発などを受けて、調査取材に乗り出し、裏づけが取れれば記事にする。リクルート事件、森友学園の国有地払い下げなど、昔からある調査報道の流れでしょう。

読売新聞のサイトには、調査研究本部、読売調査研究機構の紹介が載っています。セミナー、フォーラム、講演会、出版物の紹介、開催が主な目的のようで、調査報道とは違うようです。

新聞が生き残るには、検察や警察筋を取材し情報を取得するとか、内部告発を契機に取材を始めるという伝統的な手法にとどまっていては限界があります。官邸、政党の有力者との人間関係を通じての情報にすがっていては、情報源にとって都合の悪い記事は書けなくなります。

新聞は世論調査の長い歴史があるのに、政界、政権、政府の政策を対象とした調査にとどまっています。もっとウイングを広げて、社会、経済のメガデータを駆使するような調査になぜ発展させていかないのか。読者相談、読者からの投書も紙の新聞だけにとどめず、ネットと連携して、社会のメガトレンドを把握するツールに脱皮させないのか。新聞を情報化時代に合わせた存在にしていくべきです。

社内に人材がいなければ、専門家を中途採用するとか、専門の会社と提携するとか、やりようはいろいろあります。経営手法、経営方針の大胆な改革は、他の多くの業態では当然のように行われています。それができずにいる新聞社は少なくありません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2022年4月1日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。