G7気候エネルギー大臣会合と国内石炭火力

有馬 純

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5月25〜27日にドイツでG7気候・エネルギー大臣会合が開催される。これに先立ち、5月22日の日経新聞に「「脱石炭」孤立深まる日本 G7、米独が歩み寄り-「全廃」削除要求は1カ国-」との記事が掲載された。

「脱石炭」孤立深まる日本 G7、米独が歩み寄り 「全廃」削除要求は1カ国 - 日本経済新聞
5月下旬の主要7カ国(G7)気候・エネルギー担当閣僚会合や6月の首脳会議に向け、欧米諸国が脱石炭のG7合意をまとめようと動きを加速させている。議長国のドイツが2030年までの国内石炭火力の全廃を各国に打診して多数が同調する中、米国は「30年代」の表現で合意文書に盛り込むよう求めた。米独が歩み寄る中、石炭活用を継続したい...

議長国のドイツが2030年までの国内石炭火力の全廃を各国に打診して多数が同調する中、米国は「30年代」の表現で合意文書に盛り込むよう求めた。米独が歩み寄る中、石炭活用を継続したい日本は全廃の文言の削除を求めており、「孤立は深まっている」というものだ。

老獪なドイツ

筆者は今年のドイツ主催のG7プロセスにはもともと懸念を感じていた。ドイツの連立政権には緑の党が参加し、外務大臣、経済・気候保護大臣といった枢要ポストを占めている。COP26で採択されたグラスゴー気候協定には議長国英国の強い意気込みにより、1.5℃目標、2050年全球カーボンニュートラル、そのための2030年全球45%減、今後10年間の野心レベルの更なる引き上げ、石炭火力の段階的削減(フェーズダウン)等の野心的なメッセージが盛り込まれた。

緑の党のハーベック経済・気候保護大臣が議長を務めるG7気候・エネルギー大臣会合においてはドイツが中国、インド等の新興国の行動を促すためにG7レベルで前のめりの方向性を打ち出すことは十分予想された。

しかし、2月のウクライナ戦争により世界のエネルギーを取り巻く状況は大きく変わった。昨年秋以来のエネルギー危機に加え、ロシアの化石燃料の供給が西側先進国の制裁、ロシア自身の報復等によって途絶するかもしれないとの懸念から、石油、天然ガス、石炭、鉱物価格が一斉に上昇している。

中でも最も打撃を受けているのが変動性再エネを遮二無二導入し、出力変動の調整をもっぱらロシア産の天然ガスに依存しているドイツである。反化石燃料を標榜する緑の党出身のハーベック大臣は中東諸国に代替ガス供給を打診する等、エネルギー安定供給に忙殺されている。

石油危機以来のエネルギー危機の中で議長国ドイツもエネルギー政策の根本であるエネルギー安全保障に焦点を当てるのではないかと思われた。事実、一時はドイツが2022年に予定されていた脱原発を先延ばしするのではないかとの観測も流れた。しかし温暖化問題よりも前から反原発を掲げてきた緑の党のDNAはこのような非常時でも変わらないらしい。

2022年中の脱原発は予定通り断行し、天然ガスの不足分は石炭を燃やすことになりそうだ。エネルギー危機の苦い教訓から欧州委員会が条件付きでクリーン投資の中に原子力を入れたことにも反対するという。やはり緑の党は緑の党である。

「国内石炭火力廃止」で大きなダメージを受ける日本

5月末のG7気候・エネルギー大臣会合の主要な柱として議長国ドイツが掲げているのが

  1. 2030年までの国内石炭火力の廃止
  2. 途上国の脱石炭支援の新枠組み
  3. 気候変動対策で協力する多国間の枠組み「気候クラブ」設立の検討、
  4. カーボンプライシング
  5. 35年までの電力部門の脱炭素化
  6. COP26合意の着実な履行

だという。

特に日本にとって鬼門なのが「2030年までの国内石炭火力の廃止」である。米国は国内石炭火力の廃止時期を2030年ではなく「2030年代」を提案しているが、期限付きの石炭火力廃止に反対しているのは日本だけと報じられている。2021年の英国主催のG7サミットでは石炭火力の輸出がやり玉にあがり、日本は高い技術力を有する高効率石炭火力の輸出の道を閉ざされることとなった。しかし今回の国内石炭火力廃止のインパクトはそれどころではない。

日本の石炭火力は原発の再稼働が遅れる中で安価なベースロード電源の役割を担ってきた。昨年10月末の第6次エネルギー基本計画では見直し前の26%からシェアを下げたものの、2030年の発電電力量の19%を石炭で賄うとこととなっている。これを全廃した場合、その不足分をただでさえ需給ひっ迫が懸念されるLNGで埋めることとすれば、大幅なコストアップは避けられない。

さりとて既に36-38%まで積み上げられた再エネのシェアを更に引き上げることは適地確保の面で限界があることに加え、再エネ賦課金の大幅増加となる。いずれにせよ既に割高な日本の電力料金が大幅に上昇することとなり、産業競争力、雇用への影響は避けられない。

議会で歯止めがかかるアメリカ

バイデン政権がかかげる「2030年代石炭火力廃止」「2035年電力脱炭素化」の裏付けとなる法律、予算が議会を通る可能性は非常に低い。

インフレが最大の政治課題となっている米国において巨額な支出を伴うBuilding Back Better法案には民主党中道派のマンチン上院議員が反対の姿勢を崩していない。何より石炭州ウェストバージニア州出身のマンチン上院議員が石炭フェーズアウトを認めるとは考えられない。民主党劣勢が予想される中間選挙以降、その可能性はますます低下するだろう。仮に2024年に共和党が政権を奪還した場合、このような政策はご破算となることは確実だ。

政権交代によって政策が一から見直しになる米国と異なり、まともな野党が存在しない日本では自民党政権の政策が良くも悪くも継続される。一度、国内石炭火力廃止を受け入れてしまえば、方針転換は難しい。

梯子を再び外されぬよう、日本は対応を

日経新聞は、

「欧米がG7での脱石炭の合意にこだわるのは、中国への圧力を強めたいとの思惑がある。21年6月に英国で開いたG7サミットで日本が石炭火力の海外支援の停止に合意すると、中国もその後すぐに同様の措置を表明した。G7の意向に日本が協調したことに効果があった」

と解説しているが、G7が国内石炭火力を放棄したとしても、中国、インドがそれに追随するとはとても考えられない。彼らはエネルギー価格が高騰すれば躊躇なく国内で石炭を増産し、石炭火力の出力を増やしてきた。しかもウクライナ戦争によって世界の分断が強まる中、各国はますます自国の国益最優先になっている。

中国、インドはロシアからの化石燃料調達を増やす構えでおり、世界はG7の思惑通りには動くほど甘くない。結局のところ、G7の石炭火力廃止方針は独り相撲に終わることは間違いない。

その際、国内に天然ガス資源が潤沢に存在する米国、域内がグリッドで結ばれ、英国、フランス、オランダ等のように原発増設をかかげる国々が存在する欧州に比して、日本は圧倒的に不利な立場になる。電力供給余力の不足、LNG価格の急騰の中、停まっている原発の再稼働は喫緊の課題である。

これに加えて安価なベースロード電源である国内石炭火力を対欧米協調を理由に「耐えがたきを耐え」、フェーズアウトするのであれば、原発の新増設についても政府が明確な方針を示すことと合わせ技にすることが不可欠である。

経済的に利用可能な代替手段のないままに使えるオプションを放棄することはドイツがやってきた過ちそのものである。岸田政権にはエネルギーの安価で安定的な供給というエネルギー政策の最も根源的な要請を踏まえた対応をしてほしい。