「コロナワクチン有効は嘘だった」というのは本当か?

鈴村 泰

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森田氏の厚労省アドバイザリーボードのデータ修正に関する記事が掲載され、反ワクチン派のちょっとした祭りとなっています。今回は、この記事の主張である「コロナワクチン有効は嘘だった」というのは本当なのかについて検証してみます。

まず、今回問題となった厚労省アドバイザリーボードの修正されたデータ を確認してみます。未接種者と2回接種者のデータを抜き出して、感染予防効果を計算してみました。 未接種者の陽性率が2回接種者の陽性率より低い時に、 感染予防効果はマイナスとなります。森田氏の記事で言えば、10万人あたりの陽性者数のグラフにおいて、未接種者の陽性者数が2回接種者の陽性者数より少ない時に、 感染予防効果はマイナスとなります。

このデータを見た感想は、一言で言えばカオスです。アドバイザリーボードのデータには何か問題があることは、小島氏が2月に指摘 しました。私もアドバイザリーボードのデータは不自然と2月に指摘 しましたが、データ修正後は更に不自然になりました。年齢別で、感染予防効果にこれほど大きな差が生じることは考えにくいのです。特に、65-69歳で-185.1%に対して、90歳以上が98.2%というのは意味不明です。

データが不自然になったもう一つの理由として、永江氏 は、「未接種者数の計算をする際に、去年の人口データを使用していること」を挙げています。今年の人口データで計算し直しますと、60歳以降の区分は、感染予防効果はすべてマイナスとなり、修正前よりは、不自然さが軽減しました。ただし、感染予防効果がマイナスとなることは看過することはできない重大な問題なのです。

感染予防効果は時間と共に徐々に低下し、最終的にはゼロに近づいていきます。しかし、通常はマイナスにはなりません。もし、マイナスになった場合は、ワクチンにより逆に感染しやすくなったことになり、 ADE(抗体依存性感染増強)が生じた可能性が高いことを意味しています。感染予防効果がマイナスとなることは、由々しき事態を意味するのです。私が知る限り、コロナワクチンの感染予防効果がマイナスとなったと公式に発表した国は、現時点ではありません。もし、本当にマイナスとなったのであれば世界的トップニュースです。

そこで、オミクロン株の感染予防効果についての論文を調べてみることにしました。

厚労省のWebサイトでは、次のように記述されています。

オミクロン株に対する感染予防効果については、米国で18歳以上を対象に実施された研究によると、モデルナ社のワクチンを2回接種後14~90日後には44.0%であったところ、その後経時的に効果が低下していくことが確認されています。ここで、追加接種することにより、接種から14~60日後には71.6%、61日後以降には47.4%となり、デルタ株より低いものの、感染予防効果が一時的に回復することが示唆されています(※1)。

この解説の根拠となっている論文は、Nature Medicine 28, 1063-1071 (2022)です。

この論文を読んでみたところ、研究手法は診断陰性例コントロール試験と判明しました。この手法では、そのロジックより考えて感染予防効果を調べることはできません。この論文が扱っているのは、発症予防効果と入院予防効果です。厚労省の解説は明らかに間違っています。 「vaccine effectiveness (VE) against infection 」と記述されているので感染予防効果と判断したと推測されますが、この用語は「発症予防効果」の意味で使用される場合がありますので注意が必要です。

他に論文はないものかと、ネット検索やPubMedで調べてみましたが、 オミクロン株の場合は、発症予防効果と入院予防効果の論文ばかりで、感染予防効果の論文はほとんど見つかりません。 辛うじて見つかったのは、 JAMA Networkの論文CDCのレポート の2つですが、小児を対象とした論文であり、 接種後6か月以降の感染予防効果の記載はありませんでした。

次に、イギリスのサーベイランスレポートを見てみます。

発症予防効果では詳細なデータが報告されているのに対して、感染予防効果では、具体的な数値は報告されていません。一般論として、「感染予防効果は発症予防効果とほぼ同じか、わずかに低い」と書いてあるだけです。

私が調べた限りでは、オミクロン株の接種後6か月以降の感染予防効果の公表値は見つかりませんでした。仕方が無いので代わりに発症予防効果を見てみることにしました。

まず、日本の感染研 のデータです。診断陰性例コントロール試験によるオミクロン株に対するデータです。右のグラフより、2回目接種後6か月以降の発症予防効果は53%です。

次に、イギリスのサーベイランスレポート(5/12/2022)のデータを見てみます。1、2回目がファイザーの場合の発症予防効果のグラフです。3回目接種をしなかった場合(左側)のオミクロン株の発症予防効果は接種後25週(約6か月)以降で20%弱です。ただし、報告週により数値には変動があり、1、2回目がファイザーまたはモデルナの場合、発症予防効果は接種後25週(約6か月)以降で約10~20%です。

以上をまとめますと、オミクロン株の2回目接種6か月以降の発症予防効果は約10~50%となります。感染予防効果は、発症予防効果と同等か若干低い程度とされています。ただし、オミクロン株は軽症の人が多いため、感染しても発症しない人はかなり多いことが推測されます。そのため、感染予防効果と発症予防効果との解離は数十%に及ぶ可能性は否定できません。したがって、感染予防効果がマイナスになることは、十分有り得ると考えられます。

今回の厚労省アドバイザリーボードのデータで、感染予防効果がマイナスとなった原因のひとつとしては、受診行動バイアスや健康意識行動バイアスなどのバイアスが考えれます。健康意識行動バイアスとは、未接種の高齢者は感染対策を厳重に行うため感染率が低下し、逆に接種済みの高齢者は感染対策が疎かになり感染率が上昇する可能性があるというバイアスです。

HER-SYSは、基本的には医療機関を受診して検査で陽性になった人のデータベースです。ただし、実際には濃厚接触者・無料検査・自費検査で、無症状で陽性になった人も含まれています。したがって、発症者のデータベースではありません。また、感染しても検査を受けていない人はHER-SYSには登録されません。したがって、感染者のデータベースとしても不完全です。つまり、データベースの性質から考えて、HER-SYSのデータからは、正確な発症予防効果と感染予防効果は算出できないと言えます。

イギリスも以前は、アドバイザリーボードのような生データを公開していました。しかし、生データによる議論には問題があるとレポート内で警告を発していましたが、この生データを用いて議論する人が後を絶ちませんでした。そのため業を煮やしたイギリス政府は、生データの公開を現在中止しています。イギリスの生データも日本と同様で、感染者を完全に捕捉できているわけではありません。また、生データのみではバイアス補正はできません。したがって、正確な感染予防効果は算出できません。

以上より、コホート研究ではないこと、バイアス補正ができていないこと、HER-SYSデータベースは感染者を完全に捕捉できていないことより、今回の試算では「感染予防効果がマイナスになったこと」を立証できたとは言えません。可能性を示唆した程度の話です。もし、本当に感染予防効果がマイナスだとしたら、ワクチン接種率の高い国で感染率が高い国が存在していることの原因の一つとなります。そのため、感染予防効果の検証には大きな意義があります。では今後、正当な手法で感染予防効果が検証されるのかと言いますと、その可能性は低いと、私は予想します。

なぜオミクロン株の感染予防効果は検証されないのか?

それは莫大な労力が必要とされるからです。発症予防効果であれば発症した人のみを調べればよいですが、感染予防効果の場合は、全対象者に1週間に1回など定期的にPCR検査を行う必要があります。比較にならないほどの膨大な作業です。今後は、比較的少ない労力で可能な診断陰性例コントロール試験による検証が主流となっていくと考えられ、実際そのようになっています。そして、この手法で検証できるのは、発症予防効果と重症化予防効果なのです。

最後になりましたが、タイトルの質問に答えてみます。感染予防効果がマイナスとなった可能性は示されましたが、立証はされてはいません。発症予防効果はプラスと公表されています。重症化予防効果は日本では公表されていませんが、海外の報告ではプラスです。したがって、「コロナワクチン有効は嘘だった」とは言えないということになります。コロナワクチンがワクチンが無効と言えるのは、発症予防効果と重症化予防効果がマイナスとなった時なのです。

【まとめ】

  • コロナワクチンのオミクロン株に対する感染予防効果がマイナスである可能性が示されたが、 立証されたわけではない。
  • 発症予防効果と重症化予防効果はプラスなので、「コロナワクチン有効は嘘だった」とは言えない。
  • オミクロン株の感染予防効果と発症予防効果とが大きく解離している可能性は否定できない。
  • オミクロン株の感染予防効果の検証は、今後実施されない可能性が高い。